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幸せの瞳



特別な日は、雲ひとつない素晴らしい快晴だった。


***


「私はこちらの方が良かったのに」
「今更貴女の意見が通ると思って?…ああ、もうカヤ!いつまで泣いてますの!?お化粧ができませんわ!」
「う、グスッ…だってー…」


般若のように顔を怖くさせたヴァルちゃんにギラリと睨まれて、今まで流れていた涙が不思議とピタリと止まる。
身に纏う純白が汚れてしまわぬようにと気を遣って、鼻水を拭いていると今度はユリアちゃんが半ば強引にわたしの髪を結い始めた。

泣くなと言われても無理あると思う。
だって今日は、今まで何度も夢に見たトムとの結婚式の日。

昨日も、嬉しくて夢みたいで、困ったように笑いながらわたしを抱き締めてくれるトムの腕の中で何回涙を拭いたか分からない。


「こんな素晴らしい日に涙ばかり流していたらリドルが悲しみますわ」
「うっ、そう…だよね」
「そもそも何が悲しくて泣いてるのはわたくしにはサッパリ!」
「悲しいんじゃなくて…その、トムと結婚できるなんて嬉しくて…なんというか感涙っていうか」
「はあ、そういうことでしたの。とりあえず分かりましたわ。カヤ、はやく目をお閉じになって」
「はい…」


ヴァルちゃんによって肌に色が乗せられていく。

そのまま身を任せていると、コンコンと控えめなノック音が聞こえて、忙しなく動していた手を止めたヴァルちゃんがドアに近づいていった。


「何か用かしら?リドル」
「あまりにも遅いから様子を見に来た。…まさかまだ泣いてるわけじゃないだろう?」
「そのまさかよ、さっきまでね。楽しみなのは分かるけれど、会場で待っていてくれるかしら?」
「……カヤ、」


ドアの向こうにいるらしいトムがわたしを呼び、それに少し驚いて『ひゃい…!』と返事を噛んでしまう。

すると、トムがクツクツと喉で笑う声がドア越しに聞こえてきた。


「早く出ておいで。待ってる」
「トム…」
「でも、あと30分以上待たせるようならこのドア吹き飛ばして無理やりにでも中に入るからね」


本当にやりそうね、というユリアちゃんの呟きにわたしとヴァルちゃんはコクリと小さく頷いた。






***



2人でひっそりとやる予定だったはずの結婚式。
しかし目の前には馴染みのメンツが顔を揃えていて、ニヤニヤしながら僕を見ていた。


「いやあ、カヤさんの花嫁姿…楽しみだね。本当に」


特にアブラクサスがうざい。
僕の反応を楽しむように先程から同じセリフばかり吐いてくる。

カヤの花嫁姿を見られるのは本当に不本意だが、式が終わった後にでもその部分だけオブリビエイトでもしてやればいいだけだ。


「あ、トム。今あとで忘却呪文でもかけてやろうとか思ったね?」
「……チッ」
「ふふ、怖いなあ。こんな大事な日にそんな顔をしていては君の愛おしい花嫁が怯えてしまうよ」
「………」
「おおい!?杖出すなよトム!落ち着けって…!」


オリオンが叫んだせいで、見たくもない顔がこちらを振り向いた。


「トムや。お招きいただいて光栄だよ」
「…僕は招待した覚えはないですね」
「いかにも!招待状は君の可愛らしい花嫁から届いたものだ」


なんでダンブルドアなんか呼んだんだカヤのやつ。
他にも、僕に内緒で何人かに招待状を送っていたらしくホグワーツの教師の姿や同級だった生徒などがちらほら見受けられた。


「それにしても、遅い」


先程様子を見に行ってからもうすぐで15分が経つ。あと15分であのドアにはレダクトだ。本気で。

昨日からずっと泣きっぱなしだった彼女だが、まさかこんな式の直前まで泣いているなんて思いもしなかった。
悲しいわけでもなんでもなくただ嬉しいと言いながら、目を真っ赤にさせて涙を流していたカヤを思い出すと愛しい気持ちが溢れる。

こんな気持ち、カヤと出逢わなければ知ることはなかっただろうと考えて小さく息を吐いた時。


「お待たせしましたわ!」


その場に響いた声に振り向くと、ブラックとセルゴーンに付き添われているカヤの姿が目に入った。


「………っ」


黒く長い髪は緩くウェーブがかかり頭の高い位置で細かく結われ、厚化粧に思わせない程度の化粧がより彼女の美しさを惹きたてている。
そして、僕が選んだ純白のウェディングドレスを身に纏う彼女の…カヤの橙の眩しい瞳に目を奪われた。

その温かい瞳とパチリと目が合うと、カヤはまだ少しだけ充血いている目を緩ませて照れたように微笑む。
…今までも、これからも。カヤは何度だって僕の心を奪って、そして満たしていく。

僕の目の前まで来たカヤが、何も言わない僕に不安げに目尻を下げて顔を覗き込んできた。


「…なんか、怒ってる?」
「やっぱり、」
「やっぱり?」
「…こんなに綺麗なカヤの姿を見れるのは僕だけがよかった」


こんなことで拗ねて子供のようだと思われるかもしれないが、それでもいい。


「綺麗…ほんとに?」
「こんな時に嘘をいうほど野暮じゃない。とても綺麗だ、カヤ」


せめてカヤの瞳には僕以外映らないようにと彼女の両頬に手を添えていれば、化粧じゃない赤に彼女の顔がどんどん染まっていくのが可愛くて僕は思わず吹き出してしまった。