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彼の提案




時が過ぎるのは早いもので、わたしがホグワーツから離れてもうすぐで1年が経とうとしていた。

ダンブルドア教授が言ってた『宛て』とは、なんと教授の弟さんだった。
ホグズミードにあるホッグズ・ヘッドというお店に勤めていて、ダンブルドア教授と弟さんのアバーフォースさんのご厚意でそこに住み込みで働かせてもらえることに。

アバーフォースさんは柔らかく優しい雰囲気のダンブルドア教授とは違って、いつもツンケンしててあまり笑わない人だけど一緒に過ごしてみるととても不器用な人なだけで根本は優しい人だ。

こんな見ず知らずのマグルのわたしを最初は反対していたみたいだけど結局は受け入れてくれているのだから感謝してもしきれない。


「なにニヤニヤしとる。…ああ、もうすぐであのいけ好かんガキが来るからか」
「ん、それもありますけど…。アブさんはツンデレだなって思ってたんです」
「ツンデレが何なのかは知らんが、褒め言葉ではないのは分かった。今夜は臓物スープでも出してやろう」
「えー!ごめんなさい、それはやめてください」


トムから来るまでにある程度終わらせておかないと、とカチャカチャと忙しなく食器を片づけながらアブさんと駄弁る。

トムはアブさんのお店に住み込みで働くことを聞いた時、やっぱり良い顔はしてなかったけどそのお店がホグズミードにあることが分かると『なんだ。それならいつでも会えるじゃないか』と少し拍子抜けしていた。

それでもトムはトムなりに考えたらしく、テスト1ヶ月前からはなるべく合わないようにと自粛するようにしたみたいで。
先日、学年末試験が終わったとトムから連絡が来て今日は1ヶ月ぶりに彼と会える日なのだ。


「煩悩娘、さっさと仕事をせんか」
「なっ、煩悩娘って…失礼ですね」


食器を持つ手を止めて、去年トムからもらった指輪を撫でているとアブさんに叱咤される。

わたしなんかが煩悩娘なんて言われてちゃトムはどうなるんだか。
そんなことを考えて片づけを再開させようとした時、リィンという小さな音と共に指輪の赤が一瞬だけピカッと輝いた。


「あ、もうトムが来たみたい」
「…その食器で最後だ。お前さんのパートナーは待つのが嫌いなんだろう。この店と私に被害が及ぶ前にとっとと行け」


シッシッと追い払うように手を払うアブさん苦笑しながらお礼を言って、2階へと上がる。

たかだか1ヶ月離れてたくらいで、と周りは言うけどトムに会えることに楽しみだと思わないわけがない。

1週間くらい前から用意していた新しい服に袖を通すと、チカチカと点滅し始めた指輪に急かされて慌てて準備の手を進めた。



***



「トム!」
「カヤ」


急いで階段を駆け下りてお店から出ると、そこに立っていたトムがピンと指輪を弾くのが見えた。

それと同調して、再び一瞬だけ輝く紅い石。


「…遅い」
「いやいや、女子にしては十分早いでしょう」


少しだけ眉間に皺を寄せてわたしを見下ろすトムを目の前に、乱れているであろう髪を手櫛で直していればその手と重なるようにしてトムの手が触れる。


「ボサボサ。どれだけ急いで来たんだか」
「だ、だってトムが指輪鳴らして急かすから…っ」


クスリと笑ってわたしの髪を優しい手つきで梳いたトムに、ドキドキと胸の高鳴りが止まらないでいた。

1ヶ月ぶりに会うトム、すごくかっこよく見える…。
いやかっこいいのは元々知ってるんだけど、今日はなんか、いつも以上に。


「はあー、カヤ」
「んむっ…!」
「会いたかった。充電させてくれ」


トムの大きな手がわたしの後頭部に添えられて、そのままギュッと身体が包まれた。
変わらない温もりと、トムの匂いに心が満たされる。


「―…トム大好き」
「…カヤ、」


無意識に口から紡がれた言葉に自分自身で驚いて、顔をトムの胸に押し付けた。

なにをいきなり言い出すんだ、わたしは…!
誰か聞いてたりしたら、というかアブさんには絶対に今のとか聞かれたくない。からかわれるのが目に見えてる。

どんどん熱くなっていく顔をどうしようか、と悩んでいると両頬にトムの手が添えられてそのままグイッと顔を持ち上げられた。


「…あっ」
「思った通り、顔が真っ赤だ。おいしそうだねカヤ」
「と、トム…!」


トムの暗い瞳が熱っぽくわたしを見つめて離さない。

このままじゃここでキスされてしまう。
いくら外国とはいえこんな真昼間から外でキスは…なんて頭では思っていても、近付いてくるトムを拒むことができないでいた。


「ちょっとあなた達!こんなところではしたないですわよ!?」
「………チッ」


恥ずか死にする覚悟でギュッと目を瞑ったタイミングで、久しぶりに聞く声がその場に響く。
トムの舌打ちはあえて聞かなかったことにしよう。

目を開けると、声の主であるヴァルちゃんが目をキツネのように吊り上げて『なんて破廉恥な…』とブツブツ呟いているのが目に入った。


「ヴァルちゃん久しぶりー!」
「カヤ、元気にしてましたの?って貴女まさかこのような小汚い所で暮らしているというの!?きちんと食事は摂っているのかしら!?」
「ちょ、ヴァルちゃん店の主が睨んでる!ヒッ、アブさん怖!」


ヴァルちゃんが心配してくれるのは嬉しいけど、店の中からそりゃもうすごい目つきで睨んでくるアブさんが最恐すぎる。

…今夜は臓物スープ確定かもしれない。


「悪いなトム!ヴァルがカヤに会いに行くって聞かなくてな」
「オリオン、婚約者の手綱くらいきちんと握っておけ」
「やあ、トム!私もいるよ。ああ、久しぶりに見るカヤも変わらず魅力的だ…」
「アブラクサス、おまえは死ね」


あの3人は相変わらず仲が良いみたいでなんだか微笑ましい。
自分で望んだ今の生活に不満があるわけじゃないけど、ああいうのを見るとちょっとだけホグワーツでの生活が恋しくなる。

それからヴァルちゃん達とはお別れをして、トムと2人でホグズミードを回ることに。
トムと繋がれた手が妙に嬉しく感じて、きっと今のわたしを見たら『なにニヤニヤしてるんですの』ってヴァルちゃんに言われるだろうなと密かに笑った。