夢の為に
時が過ぎるのは早いもので、ホグワーツにお世話になることになってから半年過ぎた。
その間にトムは6年生になり、あと1年で卒業になる。
いくらトムが勉強ができて、むしろできないことの方が少ないんじゃないかと思わせるような秀才だとしても。
やっぱりそこまでになるには、それなりの努力もしてきたわけであって…。
「トム、お茶のおかわりは?」
「………」
休日の今日。
トムはわたしの部屋に来ていて、熱心に羽ペンを動かしていた。
わたしの声なんて耳に入らないほどの集中力にお見逸れして、わたしは苦笑しながら空になった湯呑に緑茶を注ぐ。
わたし、トムのこと少し勘違いしてたかもしれない。
トムは生まれきっての才能の持ち主で、要するに『しなくても出来てしまう』人なのだと思い込んでた。
でも、こんなに熱心に分厚い本と羊皮紙を見つめる彼を目の当たりにして…。
今までそう思い込んでしまっていた自分が恥ずかしくなった。
「…ふう」
カリカリと羽ペンが文字を書く音が止まり、トムは小さく息を吐きながらイスの背もたれへと身体を預けた。
それを合図にするかのようにしてわたしも読んでいた本を閉じ、トムの傍へとそっと寄る。
「トム、」
「…カヤ」
「一息つけそう?」
「ああ」
「無理してまで早く終わらせようとしなくてもいいんじゃ…」
「嫌なことは先に終わらせておきたいからね」
テーブルの上の勉強道具たちは、トムが杖を一振りすれば綺麗に一ヶ所に纏まり始めていた。
「せっかくの休日なのにほったらかしで悪かった」
「え?全然気にしてないよ。わたしはこうしてトムと同じ空間にいれるだけでも嬉しかったりするからさ」
「…カヤ、君のそういうところ好きだけどもう少し欲を見せても罰は当たらないと思うんだけど?」
イスの背もたれに置いていたわたしの手にトムが触れ、イスに座ってるトムは立っているわたしを挑戦的な笑みを浮かべながら見上げてくる。
トムがわたしを見上げて、わたしがトムを見下ろす。
そんな新鮮な状況で、わたしは少しだけ考える素振りをしてそれから。
「……!」
ちゅ、というリップ音をわざと立ててトムの無防備な唇にキスを1つ。
不意のことに驚いているのか、トムが大きく目を見開いているのが見えてわたしは小さく笑った。
「ずるいなあ、トムは。上から顔を覗けるのって、こんなにキスしやすいんだもん!そりゃあれだけ不意打ちできるはずだよね」
いつもいつもトムからの突然のキスに惑わされてるんだし、このくらいの仕返ししてもいいよね。
うんうんと1人で頷いていれば、グイッと強い力で引っ張られて気付けばわたしの身体はトムの腕の中にすっぽり埋まっていた。
「はあああー…」
「トム?」
「…癒される。あーもう、愛してるカヤ」
課題のせいで相当疲れてるのかな。
ぎゅうっとわたしを抱き締めるトムは、大きく息を吸ったり吐いたりしてスリスリと頭を摺り寄せてきたりする。
…こんなトムを見れるのは、わたしだけの特権って思ってもいいよね。
「カヤ、来週の休みに一緒に出掛けよう」
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫にさせる。こんな忌々しい課題共に僕たちの邪魔はさせない」
こんなにもわたしのことを想ってくれるトムが傍にいてくれている。
これ以上を望んだらそれこそ罰が当たりそう。
「トム、今日の夕飯はここで食べない?オムライス作るから!」
「どうせ書くんだろう?『ばかリドル』って」
「書かないよ。『ばかトム』とは書くかもしれないけどね!」
そう言うと、トムは何故かゆるゆると目元と口元を緩ませた。
「そうか。ゆくゆくは君も『リドル』になるわけだしね」
「…へっ」
トムは満足げに口角を上げると、わたしの左手の薬指を親指の腹でそっと撫ぜる。
「待ってて、カヤ」
そう呟いて、今度はそこに唇を寄せてきた。
いつか、トムと同じ姓になれる日がくる。
そんな幸せなことはそれ以上に、きっとないと思う。
わたしは泣きそうになるのをグッと堪えて、トムの黒く澄んだ瞳を見つめ返したのだった。