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波乱の日



チュンチュンと小鳥の可愛らしい鳴き声が目覚ましになり、わたしの意識は浮上した。


「んー…っ」


一緒に寝たはずのトムの温もりは無く、ボーッとする頭で上半身だけ起き上がらせると小さなテーブルの上にメモを発見する。

『僕は授業があるからその間は一緒に居られない。合間合間に様子を見に来るから大人しくしてて』

そっか、そうだよね。
再会できたことがあまりに嬉しくて忘れてたけど、トムは学生だから授業があるのか。
大人しくしてろと言われるまでもなく、大人しくしているつもりではいたけれど…。


「これ、めちゃくちゃ暇じゃない?」

きっとトムは朝から夕方まで授業が詰め詰めなんだろうし、それに伴ってわたしも朝から夕方までこの部屋で暇を潰さなければならない。

校長先生や教授に部屋から出てはいけないと言われたわけじゃないけど、トムがちょこちょこ様子を見に来るのであればここから動かないでいた方がいいとも思うし…。


「とりあえず、着替えよう」


そういえば服とか日常品も買いに行かないといけないよね。
トムにも休日はあるんだろうし、その時にでも連れて行ってもらえたりできないかなぁ。


「ふふ…」


トムとのこれからを考えるのはとても楽しかった。
あれしてみたいこれしてみたい、と彼と一緒にしたいことを思えば自然と頬がニヤける。


「…ひぇっ?」


ご機嫌で何の曲でもない曲を鼻歌にしながらクローゼットを開ければ、ズラリと並べられたたくさんの服に驚いて思わなず変な声が出た。

最初に目についたのは可愛らしい花柄のワンピースで、その他にもシンプルなスカートにトップスもあってどれもわたし好みだ。

中には学校の制服まであって、もしかしてこれってホグワーツの制服なんじゃ?と思うと着てみたくて仕方なかった。…さすがに着ないけど。


「…え、!」


隅っこに置いてあった小さなカゴの中には新品のブラジャーとパンツまで入っていた。
…これは、誰が用意してくれたとか誰の趣味だとかは考えないようにしよう。うん。

適当に下着を選んで、服はオフホワイトのワンピースを着てその上にちょっと大きめのグレーのパーカーを羽織る。
着てみると意外と丈の短いワンピースが心許なく、黒のパンストも履いた。

下着のサイズがピッタリだったことは敢えて気にしないことにする。


「お腹空いたー…!」


椅子に座ってトムからのメモを見つめながら呟くと、テーブルの上に突如として現れるサンドウィッチやスープなどの軽い朝食たち。

…魔法、凄すぎる!!

興奮してテンションが上がってしまったわたしは、魔法使いがどんな授業を受けているのか見てみたいという好奇心が募りに募ってしまい。


「これ食べたらトム探しに行ってみよっと」


ワクワクし過ぎて食べた朝食の味は思い出せない。
そしてわたしはさっき着たばかりの服を脱いで、クローゼットで見つけたホグワーツの制服に着替えた。


「日本人は童顔らしいし、きっといける…はず」


ホグワーツを歩き回るならできるだけ目立たない方がいいだろうし、この制服のおかげで生徒の人達に紛れ込むこともできるし。
成人した大人が何コスプレしちゃってんだと少しだけ恥ずかしくなるけれど、今日だけ今だけだから!と心の中で苦し紛れの言い訳をする。

それから、わたしは部屋を抜け出した。

わたしのいない間もしトムがここに来てしまった場合のことも考えて、彼と同じようにメモを残して。

『ちょこっとだけホグワーツ探検してくるね。部屋の近くを少し見て回るくらいだからすぐ戻るよ!もしトムがここに来てわたしがいなかったら…探してください!』




***



カヤからの伝言を読んで、僕はぐしゃりとそのメモを握り潰し、ついでに燃やした。

…大人しくしてろと言ったのに。

午前中最初の授業を終えて真っ先にカヤの元へと来たのにも関わらず、僕のメモを完全に無視した彼女は部屋から消えていた。

何がいなかったら探してほしい、だ。

そもそもホグワーツなんて広過ぎて探すのも面倒だし、一番厄介なのは何の事情も知らない他の生徒達と彼女が接触してしまうことだ。
…カヤが上手いこと切り抜けられるわけがない。

あのお揃いのピアスがまだ健在であれば自分の魔力を辿ってカヤをすぐにでも見つけられただろうが、あれは僕と彼女が再会した瞬間に壊れてしまった。


「…覚悟してね、カヤ」


この僕の手を煩わせることと、心配掛けさせていること。
後でたっぷりと彼女に『お仕置き』をしてあげなければならない。
あ、それはそれで愉しそうだ。

彼女のいなかった部屋から出れば、そこにはアブラクサスとオリオンがいた。


「うわ。アブ、トムめちゃくちゃ悪どい顔してたよ今」
「そうだね。…トム、その部屋は?」
「ー…秘密の部屋。僕以外は入れないようにしてある」


そんな何の変哲もない扉の向こうに秘密の部屋が!?と何やら勘違いをして声を上擦らせている2人を鼻で笑い、僕は足早にその場を後にする。

さて、僕のカヤはどこにいるかな。

もし他の男に捕まってどうこうなっていたら、その男は血祭りに上げてカヤは鎖に繋いでもう二度とあの部屋から出られないようにしてあげようか。

半分冗談半分本気でそんなことを思いながら僕は次の授業に出ることを諦めてカヤを探すことにした。