彼の行先
リドルが元の世界に戻ってきた日から3ヵ月が経ち。
とある空き教室で、リドルとダンブルドアはジトリと睨み合いをしていた。
「…ふむ」
「さっきからそればかりだな。僕の話を聞く気ありますか?」
イスに腰掛けていたリドルが不機嫌そうに溜め息を吐きながら、その長い足を組み直した。
今までの猫被りから想像できない程の変わり様に、ダンブルドアはまた改めて驚いていた。
「僕の希望はさっき言った通りです」
先日行われた卒業後の進路についての面談で、リドルは自寮の寮監である教師に「ホグワーツの教師になる」ことを志願したようで。
寮監はそれを校長であるディペットに相談し、そしてディペットはダンブルドアへと意見を仰いでいた。
ダンブルドアはその話を聞いてすぐに、リドルからその真意を見出すべくこのように彼と対面する場を設けたのだ。
「ディペットも寮監の先生も君のことは認めておる。もちろん私もだ。トム、君はきっと良い教師になれるだろう」
「それで?」
「だがのう…どうにも決定打に欠けるのだ」
「決定打だって?」
ダンブルドアは深く頷くと、先程自分で用意したティーカップの中身を一口煽る。
「君が隠れてなにか『悪い事』をしていたのは事実。そしてしようとしていたこともだ。トム、しかし君はあの時すでにその思惑を過去のことのように話していただろう?だからわしは決めかねているのだよ」
信じるか、否か。
キラリとダンブルドアの鋭いアイスブルーが光った。
リドルはテーブルの上に置いた指でコツコツと音を鳴らしながら、その瞳をダンブルドアと同じように細める。
相手が疑ってきている以上、下手なことをこちらから言うのは良くないだろうとリドルは口を閉ざしていた。
「ひとつ課題を出してもいいかね?」
「…なんですか?」
「パトローナス。君も知ってるだろう、守護霊を呼び出す魔法じゃ」
「……、っ」
リドルが思わず息を詰めると、ダンブルドアは目敏くそれに気付く。
この狸め、何を考えている。
赤く変化した瞳に睨まれても動じず、ダンブルドアは続けた。
「Mr.リドル。君がパトローナスの呪文を見事成功させることができたならば、ホグワーツ教員の話は私からもディペットに進言することを約束しよう」
守護霊の呪文はただ魔力が強ければ成功するものでも、魔法技術のレベルが高ければ成功させられるものでもない。
暖かい気持ち、幸せな気持ち、愛する気持ち。
たくさんの幸福で心を満たすことのできる者にしか、守護霊を呼びたすことはできないのだ。
ダンブルドアはリドルを試していた。
愛されることも愛することもせず、今まで孤独で生きていた彼がもし本当に闇から抜け出せたというのであればきっと守護霊を呼び出すことができる。
そうなれば自分はリドルのことをきちんと信じることができると思ったのだ。
「期限は?」
「卒業するまでに、ということにしておこうかのう」
「…考えておきます」
スーッとリドルの瞳が黒に戻る。
それからその場を後にすると、何故か募る苛立ちのせいで足が自然と早くなっていた。
よりにもよってあの魔法か、とリドルは盛大に舌打ちをした。
彼女が、カヤが傍にいない今、幸せな気持ちになどなれるはずもないのに。
ホグワーツ教員になろうと思ったのは一番動きやすいと思ったからだ。
ホグワーツは知識の宝庫であり、禁書の棚の本も未だに全て読みつくせているわけではなかった。(毎度スラグホーンを出し抜くにも限度がある)
ダンブルドアは必然的に突っかかってくるだろうとは思っていたが少しでも早くカヤに近付けるようにと思い志望したのにも関わらず、あんな課題を出されるとは想定外だ。
「…幸せ、か」
自室に戻ったリドルは小さく呟いた。
カヤ、君のことを愛してるだけじゃ足りない。
カヤ、君からも愛されている実感がほしい。
―…君の温もりを感じて、君の笑顔が見たい。
カヤのことを思い出せば出すほど、心の中を占めるのは幸福ではなく、カヤへの渇望と欲望。
傍にいない彼女を想うたびに胸が苦しくなり、締め付けられて、息苦しさを覚えるのだ。
「…、あいしてる」
ねえ。僕の大好きな声で応えてよ、カヤ。
(僕が壊れてしまう前に)