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幸せの瞳


***


マルフォイ家の大きな庭を借りてのこじんまりとした結婚式。
式と呼べるほど大々的なものではないのかもしれないけれど、それでも今日の日の為に色々と準備の手伝いをしてくれたマルフォイやブラックくん達には感謝してもしきれない。もちろんヴァルちゃんやユリアちゃんも。

空から降り注ぐ花びらは魔法で、手の平に落ちてきた花弁はふわりとキラキラ輝く粒子になって消えていく。なんて綺麗なんだろう。

しばらくその様子に見惚れていれば、トムに名前を呼ばれる。
その瞬間、ピキリと身体が固まって緊張が全身に走った。

ど、どうしよう…すっごく心臓がうるさい。
この緊張は、いつの日かホグワーツで大勢の生徒の前で自己紹介をしたあの時と同じくらい、いやもっとかも。

薄ピンクや薄黄色、水色の小さな花々で束ねられたブーケをキュッと握りしめてトムと向き合った。


「誓いの言葉は…神父は呼んでないようだし、うろ覚えでよければ私が、」
「必要ないです」


ダンブルドア教授の申し出をキッパリ断ったトムを『教授に失礼でしょ!』と咎めて、それから教授にもペコリと頭を下げれば彼は笑顔のままやれやれと肩を竦めていた。

シーン、と周りが静まり同じ純白に染まったトムを見上げる。


「………」


わたしとトムが出逢ってもう3年の月日が流れた。

最初は、突然現れた怖い魔法使い。
脅されて、仕方ないからとわたしの家に住むことになったトム。そして一緒に過ごしていくうちに、トムのことを知った。

自分は独りだと嘆くことも悲しむこともしないトムの傍にいたいと思い、どんどんトムに惹かれて…トムと想いが通じて。

一度は離れ離れになってしまったけれど、それでも今、変わらずわたしの目の前にはトムがいる。
それがとても嬉しくて幸せで、そう思ったらまた泣きそうになった。


「ねえ、トム」


名前を呼べば、返事はなくてもその表情で先を促される。
ギュッと下唇と噛むと、唇に乗せられていた紅が口の中に入り何とも言えない味が広がった。

今更こんなこと聞くのは、不躾かもしれない。
トムだって怒るかもしれない…でも、確認しておきたいことがある。


「トム、本当に…トムはわたしで、ッ」
「カヤ」


わたしでいいの?
そう紡ごうとしたわたしの口に、トムの人差し指がピタリと添えられた。


「君が不安なら、何回だって言ってやる。僕は、カヤじゃなきゃダメなんだ」
「トム…っ」
「カヤ、これから僕と結ぶのは破れぬ誓いよりももっと深いものだ。君こそ、本当に後悔しない?」


したところで、もう逃がしてあげないけどね。

トムの言葉に、近くにいたブラックくんが『こわ…!』と呟くのが聞こえた。
怖いわけないし、後悔なんてするわけない。
トムの傍にいれることが、わたしの最大の幸せだから。

徐々にぼやけていってしまう視界。
あ、やばい。これじゃせっかくヴァルちゃんがやってくれたお化粧が台無しになっちゃう…!

瞳に溜まる涙が零れてしまわないようにと頑張っていると、トムは呆れたように笑って親指でわたしの目尻から涙を拭う。


「愛してる、カヤ」


触れるだけの、それでも色んな想いの込められた誓いのキス。

その瞬間、周りからは拍手が鳴り響き、ダンブルドア教授が空へ向けた杖から出た白い光が真っ青な空に綺麗な花を咲かせた。
それを真似るように次々と他の人たちも杖を取り出し、真昼の空にはたくさんの花火が描かれていく。


「きれい…」


そう無意識に呟けば、トムがわたしをヒョイッと抱き上げた。
今まで見上げていたトムの顔を、今度はわたしが見下ろす体勢になる。

コツン、とトムの額とわたしの額が軽く触れて互いに小さく笑い合った。

きっとわたし、トムと出逢うために生まれてきたのかもしれない。
そう思ってしまうくらい、わたしはトムのことを愛してしまっているし…トムはわたしの全てだと思うくらいに大切でかけがえのない存在なんだ。


「あ、…」


ふと。トムの肩に青白い身体に、赤色の瞳を持った蛇が乗っているのが目に入った。
あれは確かトムの守護霊、だったような。

守護霊の魔法は、幸せな気持ちで満たされなければいけないとトムが言っていたのを思い出す。
自分の肩に守護霊が乗っているなんて、トムは気付いてないんだろうなあとクスリと笑ってトムを見つめた。


「トム、」
「なに?」

「―…幸せ?」


尋ねると、トムの瞳がわずかに開かれる。

いつの日か、『僕には心が満たされるほどの幸福なんて』と目を伏せて表情を曇らせていたトム。
今なら、あの時と違う答えが聞けるかもしれない。

少しの間トムは黙り込み…それからわたしの手をとって自分の頬へとすり寄せた。


「幸せだ…本当に」
「……ッ、!」


息を吐くような、掠れた声がそう言った。
驚いて見たトムの瞳は紅く、そしてゆらゆらと潤んでいるのが分かる。

愛しい気持ちが溢れて…もう、我慢できるわけがなかった。


「、っ愛してる…トム…!」
「…泣き虫だな、カヤは」


トムも泣いてるじゃん、と呟いて。
これからもずっとトムと一緒に幸せでいれるように、今度はわたしから誓いのキスを送った。


(その瞳に永遠の愛と幸せを) fin.