君の一生
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今日2回目の姿くらましの後、目を開けて最初に飛び込んできたの色は緑と金。
「わあ……」
サラサラと風で木々が揺れ、その木々の間から神々しい太陽の光が差し込み、すぐ後ろには小さな泉がある。
まるで絵本の中から出てきたような幻想的な風景。
さっきまで体調が悪かったのを忘れるくらい、その景色にただ見惚れてしまっていた。
「…トム、ここは?」
「孤児院にいた頃、よくここに来て本を読んでいた。休暇中も。良い場所だろう?」
「うん、すごく素敵…」
気持ちよく吹く風に、ほのかに花の香りが混ざっていてとても癒される場所だ。
何回か深呼吸して綺麗な空気を堪能していると、トムに身体を引かれて向い合せにさせられた。
そして、出逢った頃よりずいぶんと伸びた髪にトムの白く細長い指がするりと触れる。
「…本当は、卒業してから伝えようと思ってた」
「なにを…、!」
ギュッと抱き締められて、押し付けられたトムの胸からは普段より速めの心音が聴こえた。
なんだかトム、緊張してる?
そう思ったらその緊張がうつったかのようにわたしまでドキドキしてきてしまう。
「カヤ」
「…は、はい」
「―…カヤの一生を僕にちょうだい」
決して大きな声ではなかった。
だけど、トムの声は周りの音に一切邪魔されずにスッと真っ直ぐに聴こえてくる。
今初めて言われたような言葉じゃないはずなのに、その言葉は今までのどんな言葉よりも『特別なもの』のようだった。
「僕が卒業したら結婚しよう、カヤ」
「………っ」
続けられた言葉に、心が震える。
すぐにでも肯定の言葉を何かしら伝えたいと思うのに、ビックリしたのと感激で喉になにかが詰まったように声が出せないでいた。
結婚を匂わすようなことはけっこう言ってくれていたし今さらそんな驚くことかと自分でも思うけど、でも…トムがハッキリとそう言ってくれたことご何よりも嬉しくて仕方がない。
「あ、…えっと、うー…」
言葉はやっぱり出てきてくれない。
何やってるんだわたし…トムがああやって言ってきてくれたのに何か反応しないと、ってほらどんどんトムの眉間にシワが寄ってってる!
何かを言うことは今のところ諦めて、コクコクと勢いよく顔ごと縦に振るといつの間にか目に溜まっていた涙がフワリと宙に舞う。
「カヤ、」
「へ、あ…っ」
「…ッカヤ!」
ー…バシャーン!!
トムがいきなり首筋に触れてきてそれに驚いて飛び跳ねたら、足元の小石かなにかに躓いてすぐ後ろにあった湖に落ちてしまった。
それも、わたしの手を掴んでくれたトムごと。
「…………」
「…………」
意外と浅かった湖に浸かったまま、わたしの上に覆い被さったトムと無言のまま見つめ合う。
トムの髪の毛とか長い睫毛から零れ落ちる水滴が綺麗で、水も滴るいい男とはまさにこのことかと呑気に思った。
「カヤ」
「ん?」
「…返事は?」
「分かってるくせに」
「………」
「わ、分かった!言うから睨まないで!」
ムッと口を結んだトムが可愛くて笑いが零れる。
トムの頬に手を添えて、その結ばれた唇に軽く触れるだけのキスをした。
「ー…はい、喜んで」
「……っ!」
どんどんニヤけていくトムの口元に、微笑ましく思っていればそれを見られていると気付いたトムがちょっとだけ頬を染めてバッと口を隠す。
トムすっごく嬉しそう!なにその顔かわいい。
キュンと胸をときめかされて、トムにぎゅっと抱き着けば小さく息を吐いてわたしを抱き上げてくれた。
「風邪ひいちゃうよ?」
「その時はまた、カヤがつきっきりで看病してくれるんだろう?」
「わたしが風邪ひいたらトムが看病してくれるの?」
「…気が向いたらね」
「えー、ひどい」
クスリと笑うと、トムも小さく微笑んで。
「あー!王子様とお姫様がいるー!」
「「―……!」」
突然響いた声にビクリと身体を揺らせば、小さい子供が目をキラキラさせてわたし達を指さしているのが目に入った。
「…トム、もう下ろしていいよ」
「あの子の期待に応えてやらないと」
「期待って…え、ちょっと待っ…!」
「待たない」
「トームー…!」
(触れた唇から伝わる想い)