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彼の提案




三本の箒のお店に入り、バタービールを飲みながらトムと色んな話をした。

最近のホグワーツの様子だったり、勉強や試験の話、それからブラックくんやマルフォイ達との話。
珍しくトムが饒舌で、相槌を打ちながらそれらの話を聞いているとそんな自分に気付いたのか少しだけ照れくさそうにゴホンと咳払いをした。


「カヤは?」
「わたしは特に変わったことはないかな。接客業って今までやったことなかったけど、案外楽しいもんだね」


アブさんも良くしてくれるし、と続けてトムの表情を見るとムッとした顔をして腕組みをしている。

なんだか拗ねてる。


「僕は今でも反対だ。君が他の男とひとつ屋根の下で暮らすなんて…」
「男って…。アブさんはもういいお爺ちゃんだよ」
「爺でも男は男だろう。…まあいい。カヤに何かしようものならそいつは一瞬で灰と化すのだから」


フン、を鼻を鳴らすトムの視線の先にはわたしがつけている指輪。

そ、そんな物騒な呪いまでかかってるとか聞いてないんだけど…!?
もしそういう人がいてトムの言う通り灰になったりでもしたらわたしが殺人犯になるじゃん!


「冗談だ」
「…冗談に聞こえる冗談を言ってほしい」


心の中で無駄に焦ってたのが恥ずかしい。
今言ったこともトムなら本当にやりかねないし、なんて思いながらバタービールに口をつけた。

それにしても、この魔法界という世界にもだいぶ慣れたなあ。
物がひとりでに浮いてようが人が空を飛んでようが、何かが急に現れたり消えたりしようがいちいち驚かなくなった。つくづく便利で夢のある世界だ。

まあ、コーヒーをかき混ぜるくらいは魔法使わなくても…とは思うけど。


「カヤ」
「ん?」


わたしを呼ぶトムの方へ視線を向けると、その端正な顔の口元にちょっぴり泡がついているのに気付いてクスリと笑いを零す。
そんなトムが愛おしくて仕方なくて、胸がほっこりと暖かくなるのを感じた。


「もうすぐでホグワーツは夏季休暇に入るんだけど…その時、カヤを連れて行きたいところがあるんだ」
「連れて行きたいところ?」
「ああ。…母の墓に」


呟くように言ったトムは、口直しにと注文していたブラックコーヒーをひと口飲む。

メローピーさんのお墓、と聞いてこの世界へ来るときに出逢った優しげな女性を思い出した。
トムを産んですぐに亡くなってしまったけど、彼女のトムへの愛がわたしと彼を引き逢わせてくれた。

そのことにお礼を言いたいし、トムとこれから一生を添い遂げるつもりだからこそ、なんかこう挨拶的なものも必要…だよね。


「行く。むしろ行きたい!でも、なんで急に?」
「…まあ、全てを許せたわけではないけどカヤと出逢わせてくれたことには感謝してるからね。今まで一度も行ったことはなかったし、いい機会でもある」


今までお墓参りに行ってなかったとなるとかなり汚れているだろうし、掃除しなきゃだよね。
あとはお供え物に何か持っていくのと、お花も。それとお線香…って、これじゃ日本のお墓参りになちゃうな。
魔法界のお墓ってどんな感じなんだろう。埋葬?お線香は焚かない、よね?


「なに百面相してんの」
「あ、いや…お墓参りの準備とか色々考えてて」
「全部口に出てたけどね」
「ええ!?」
「嘘」
「なっ、もう…!」
「てのも嘘」
「…トームー?わたしで遊んでるでしょ?」
「墓参りごときで悩んでるカヤが可愛くてつい」


そう言って口角を上げたトムが、わたしに向かって手を伸ばしてきて頬に触れた。

トムの手が想像以上にあったかくて、その手に重ねるように自分の手を添える。
すると、トムが柔らかく頬を緩ませて小さく微笑んだ。


「……っ、」


これがどこの誰から見てもバカップル過ぎる光景だということに気付かないくらい、目の前のトムに見惚れてしまっていた。


「カヤ」
「な、に…?」
「キスしたい」
「え、や!ここではちょっと…!」
「知らない」
「ト、…っ」


普段鳴らさないくせに、今回はわざとらしくチュッと鳴ったリップ音に羞恥でいっぱいになる。

甘いのはバタービールだけで十分。
呆れたような声音で、誰かがそう呟くのが聴こえた。



(1ヶ月分の愛を君に)