彼の我儘
***
「余計なことを言うな」
「痛っ!ってあぶな、落ちるじゃん…!」
トムは規則を破らない優等生、というわけじゃない。
今もこうして、ホグワーツのみんなが寝静まったであろう時間帯に箒に乗って外へ出ているにも関わらず素知らぬ顔をしているトム。
1本の箒に2人も乗れるわけないし怖いと拒否したのに、半ば無理やり乗せられて現在に至る。
ああー…ホグワーツが遠くに小さく見えるよ。
トムが後ろからくっついてくれているから寒さは感じないしむしろ暖かいけど、下を見てしまえばあまりの高さにクラリと眩暈を覚えた。
「僕は別にロマンチストなわけじゃない」
ダンブルドア教授と校長に報告に行った時のことを話したら、不機嫌そうな声と共に両頬をプニッと抓られて。
トムが両手を離したことによって揺れた箒に怯えていれば、トムの不機嫌な声音は変わらないままわたしの肩に顎が乗った。
「人が多いのは好きじゃない。それに、」
「それに?」
「カヤの花嫁姿は、僕だけが見れればそれでいい」
ロマンチックとはかけ離れた、相変わらずのトムの独占欲。
それを重いとも嫌だとも感じず、ただ嬉しいと感じてしまうのだから不思議だ。
「トムにこんなに好きになってもらえて、わたしすごく幸せ」
笑みを描いた唇から、はあー…と息を吐けばそれは白く変化して目の前の丸い月に消える。
すると、口元に添えていた左手をするりとトムに取られてそのまま月に向かって伸ばされた。
ただでさえ肌が白いトムの手は月明かりに照らされて、透けているようにも見える。
「トム?」
「はやく、カヤと結ばれたい」
「………?」
どういう意味なんだろう。
それを聞こうとしたけど、わたしの左手の薬指をゆっくりと撫でるトムの指に気付いて口を噤んだ。
はやく結婚したい、ってそういう意味…なのかな。そう捉えてもいいんだよね!?
なんてトムの言葉と行動に内心ドキドキして落ち着かない。
今までトムからプロポーズ紛いの言葉はたくさん聞いてきたけど、なんかこう…改めてそういうこと考えるとちょっと気恥ずかしいというか。
何か返事しないとと頭を働かせていると、トムの手は今度はわたしの唇に添えられた。
***(リドル視点)
「全部、僕のものだ」
手に触れたカヤの肌がとても熱くて、きっと今の彼女の顔は真っ赤なのだろうと密かに笑う。
こういったスキンシップにもそろそろ慣れてもいい頃だろうと思う反面、その度に赤面したり怒ったりするカヤが愛おしくて堪らない。
指先に触れたカヤの唇が少しだけ震えていた。
「トムと想いが通じたその時から、わたしはトムだけのものだよ」
その小さな唇から紡がれた言葉が、僕の胸を震わせる。
もう間もなくすれば今までのようにカヤの声を毎日聞けなくなることを考えると、やはりこのまま僕の傍に彼女を繋ぎとめられないかと巡らせてしまう。
出来ないことはない。だけど、しない。
カヤが何より愛おしく、何より大切で、失いたくないから存在だからだ。
彼女に嫌われることなど、考えたくもない。
「ねえ、カヤ」
「ん?」
「僕のこと、毎日考えて。想って。何よりも」
これは僕の我儘、になるのかもしれない。
そもそも、一時的とはいえ僕から離れていくことを了承してあげたんだ。これくらいの我儘は言ってもいいだろう。
拒否権はない、とわざと声を低くして囁けばカヤからクスクスと小さな笑いが零れてきた。
「トムのことを好きになったその時からずっと、トムのことを一番に考えてて…一番に想ってるんだよわたし」
トムのこと考えないとか想わないでいる方が難しいよ?と小首を傾げたカヤ。
「………」
僕はこんなに単純な人間だっただろうかと自問する。
カヤがきっと何気なしに言ったその言葉は、今の僕を安心させるには充分過ぎるくらいの破壊力を持っていた。
柄にもなく速くなる鼓動に、静まれと叱咤する。
「…失敗した」
「え、何を?」
「箒なんか乗ってくるべきじゃなかった」
こんな不安定な状況下じゃ、彼女にキスもできない。
だがこれから我慢させられる日々が続くことを考えると、今僕が何かを我慢する必要はない気がした。
「戻るよ、飛ばすからちゃんと掴まってて」
「へ。…飛ばすって、ぎゃ…!?」
それから出来る限り最大限の速さでホグワーツへ戻り、部屋に入ってすぐに涙目のカヤに怒られて、不貞寝しようとした彼女の唇をそっと奪った。
(僕のことだけ考えて)