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愛と信頼



***


中庭で、トムの想いを聞けて。
自分の中でやっと決められたことがあった。


「トム、わたしホグワーツから出ようと思う」


夜。月明かりと蝋燭の火が照らす部屋で、お風呂から上がったトムが椅子に腰かけたと同時にそう伝えた。

無造作に髪を拭いていた手をピタリと止めたのが見えて、わたしの身体に緊張が走る。
前髪の隙間から見えるトムの瞳が紅く光って、やっぱり綺麗だななんて悠長に思った。


「…何故」


短く問いかけてくるトムの声は、いつもと変わらない。
それに少し安心して、わたしはトムと向かい合うようにベッドの上に座りなおした。


「ホグワーツの人達に毎日すごくお世話になってるのに、わたしは何も返せてない。トムにだって…。自分の時間を削ってまでわたしと一緒に居てくれるのが嬉しく思う反面、これじゃダメだなって思ったから」


ホグワーツの教師でも生徒でもないわたしが、ホグワーツでお世話になっている今の現状は有り難いと思う反面で歯痒く感じていた。
そう思いながらも、こっちに来てからの1年間はのらりくらりとお世話になってしまっていたわけなんだけど…。

自分勝手だって分かっていた。このままお世話になりっぱなしは嫌だって、自分の気持ちばかり優先しているって。

でも、決してトムと離れたいわけじゃない。

ギュッと握り締めた手に、トムの大きな手がふわりと被さる。
ハッと顔を上げた先のトムは、眉間に皺を寄せて悩ましげな顔をしていて、わたしと目が合うと小さく溜め息を吐いた。


「…知ってた、カヤが悩んでいること」
「、え?」
「それにあんなに仕事に熱心だったカヤだし、いつかはそう言い出すとは思ってた」


トムはそう言うと、首からタオルを外してわたしの隣に腰かける。
だから、なんでいつもお風呂上りは上半身裸なの…。

無駄に高鳴る鼓動を恨めしく思いながらも、隣のトムを見上げた。


「あの時は、カヤと再会できたばかりだったのもあって…もうカヤと離れるものかと強く思った。だから、ああいう意地の悪い言い方をしたんだ」


あの時とは、きっとトムとわたしが再会した後に校長先生やダンブルドア教授と邂逅した時のことだろう。

『ホグワーツは全寮制なんだよ。つまり僕が卒業するまでの3年間はほぼ一緒にはいられない。君はそれでもいいってわけだ?』

そういえばそんなこと言ってたかも、と苦笑する。


「…嫌だと言わないカヤに甘えて、自分の気持ちばかりを優先していたのは僕の方だな」
「そ、それは違うよ!わたしだってトムと離れたくないと思ったから、その提案に甘えちゃっただけで…」


身体ごとトムに向き直り、必死に伝えればトムはふと困ったように微笑んでわたしをギュッと抱き込んだ。


「カヤがいつ言い出してきてもいいように、僕は予めこれを用意していた」
「これは…」


トムの手のひらに乗る、サイズの違う2つの指輪。

壊れてしまったお揃いのピアスに付いていた赤い石によく似た装飾がされてある。
触ってみて、とトムに促されて指先で触れてみると微かに暖かさを感じた。

あのピアスの時と同じ…ということは、この指輪にはあれと同じでトムの魔力が?


「僕とカヤを繋ぐもの」
「あのピアスと同じ?」
「あれよりもっと、強く。これがあれば、カヤがどこにいても分かる。カヤに何かあればその指輪の魔力を辿って、僕は必ずカヤの傍に行ける」


サイズの小さい方を手に取ったトムは、そのままわたしの右手をとって薬指へと挿した。

ジンと胸が暖かくなる。
トムがどれだけわたしを大切に思ってくれているのか、愛してくれているのかがすごく伝わってきて涙が出そうになる。

…ここまで考えてくれているなんて思っていなかった。
きっと猛反対されるんだろうと思ってホグワーツを離れることを伝えたのに、トムはそうしなかった。


「信じることも、大切だと気付いた」
「…トム、」
「カヤには僕だけだと信じている。僕にはカヤだけだと君が信じていてくれている。だから僕は、たとえカヤと離れることになっても…我慢できる」
「…ほんとに?」


トムの顔をのぞき込むようにそう聞けば、トムはムッとした表情になって拗ねたように『多分、きっと』と小さく言った。

その様子に、キュンと胸がときめく。
ダメだ。わたしはトムがたまに見せるこういう子供っぽいところにすごく弱い。


「ありがとう、トム…」


感激で涙が視界を邪魔してきて拭おうとした手を取られる。
そのままトムの顔が近付いてきて、彼の唇がわたしの目尻に触れた。


「はあー…」
「トム?」


わたしの肩口に顔を埋めたトムが大きな溜め息をつく。


「信じていても、不安だし心配だ…。自分がこんなにも子供だとは思っていなかったが、カヤのことになるとどうにも感情の制御ができない」
「トム…っ」
「こうやって…本当は誰の目にも触れさせずに僕の腕の中に閉じ込めておきたいのに」


わたしを抱き締めるトムの力が強くなって息が苦しくなる。
さっき薬指に嵌めてもらった指輪から熱い何かが身体を巡るような感覚がして、くらりと目眩がした。

…トム、もしかして怒ってるのかもしれない。
どうしよう、とトムの背中にそっと手を回して考えているとそのままベッドに押し倒されてしまう。


「…まあ、休暇中はずっとカヤと過ごすつもりだし暇さえあればカヤに会いに行くつもりだからね僕は」
「そ、れは嬉しいけど…んっ」
「君に手を出そうとする奴がいたら僕が消してあげる。だからカヤは安心して、僕のことだけ考えてなよ」


それ安心していいの!?とツッコミたかったけど、トムに口を塞がれていて言葉が出せない。
わたしの上でニヤリと笑うトムの瞳は相変わらず紅いままで…。


「愛してる、カヤ」


そう呟いたトムの右の薬指には、わたしとお揃いの指輪が嵌っていて彼の瞳と同じ色が暗闇に輝いていた。



(指輪に込められた彼の想い)