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幸せの形



***



「トム、どういうことなんだい?」


食事をする手を止めて僕を見るアブラクサスは、明らかな嫌悪をその瞳に込めていた。

その様子をチラリと一瞥して、僕は教員席へと視線を投げる。
忌々しいダンブルドアの隣で控えめに食事をとるカヤがそこにいて、僕は少し頬を緩めた。


「…さっきの反応を見たら分かる。彼女は、マグルだろう」
「それがどうした」


つい10分程前に、ダンブルドアと共に大広間へやって来たカヤ。
星の降る天井を唖然と見つめ、緊張してるのかたどたどしい自己紹介を終え、いきなり目の前に現れる食事に目を見開いていた。

その反応のどれもが新鮮で、純粋に可愛くて。
カヤが大広間に来た時から彼女をほぼずっと見ているのに、一度も目が合わないことが少し腹立たしい。


「どうしたじゃない。トム、彼女はだめだ」
「ダメかどうかは僕が決める」
「君はあの穢れた血に誑かされて、ッ!?」


杖は使っていない。
しかし目の前のアブラクサスの頬はパックリと切れて、そこからツーっと鮮血が流れ出していた。


「…次、カヤを侮辱すれば殺す」


いい加減うんざりしていた。

確かに、純血主義を掲げてマグル…穢れた血を排斥しようとアブラクサスを始め他の奴らをけしかけたのは僕だ。

だがもうそんなものはどうでもいい、と。
カヤと出会ってしまった、出会えたことで思想が変わったのだから。


「忘れたか?僕は純血ではなく混血だ。カヤと何ら変わりない」
「………っ」
「僕にも言ったらどうだ?貴様お得意の、穢れた血と」


僕とアブラクサスの周りだけ、空気が底冷えしていた。
アブラクサスは血の流れる頬を拭い、大きな溜め息を吐く。


「…すまなかった。私はもうそういうことに関しては何も言わないことにするよ」
「それが賢明だね」
「ただ!」
「……?」
「私を始め、オリオンも君のことは友だと思っている。…彼女が、君に相応しいかどうかだけは見極めさせてもらうからね!」


不本意ではあるがマグルということを抜きにして、カヤが僕が後に後悔するような人間でないことを『友』として確かめる必要がある、とアブラクサスは腕組みをしながら言う。

いつも冷静沈着であまり感情を表に出さないような奴が、これだけは譲れないというように口調を荒げていることに僕は少なからず驚いていた。

今までの僕は、アブラクサスやオリオン達を自分の目的の為に使える駒のようにしか見ていなかった。
だが、こいつは言った。僕は、『友』であると。


「…カヤに手出すような真似をしないのなら、勝手にしたら」
「そんなことしたら殺されてしまうからね」


小さく笑ったアブラクサスに、僕も僅かに口角を上げる。


「おい!俺のこと差し置いて何の話?」
「…秘密の話」
「そりゃねえよ!あ、てかカヤってトムの女なんだろ?可愛いじゃん。でもあれってけが、ふごっ!」


穢れた血と言おうとしたオリオンの口をバチッと塞いだアブラクサス。


「………」


僕を取り巻く環境は、こんなにも暖かいものだっただろうか。

考えてみれば、カヤと出会ってからだ。
僕が変わり、そして周りも変わっていった。

ふとカヤの顔が見たなり、そちらに目を移すと今度は目が合う。


「(カヤ)」


声には出さず、口だけで彼女を呼ぶ。
それに気付いたカヤは照れたのか頬をピンク色に染めて、少し嬉しそうに笑う。

そんなカヤが愛おし過ぎるほどに愛おしい。

それから、カヤの唇は僕の名前を呼んだ。



(彼女は僕の幸せそのもの)