波乱の日
***
目の前の惨状に、思わず目を瞑りたくなった。
「僕のカヤに手を出して…ただで済むと思ってる?」
地を這うようなトムの低い声音。
どこかでバリンと何かが割れる音が聴こえた。
トムが赤く冷めた瞳で見下ろすのは、地に伏したまま身体を鎖で縛られた女の子たち。
とても怯えたような表情でトムを見上げている。
わたしはスーッと風通しのよくなった首筋に手を添えながら、どうしようと視線を彷徨わせるしかできない。
事の始まりは、授業が終わったばかりのたくさんの生徒の中からなかなかトムを見つけ出すことができずに切羽詰まったわたしが生徒の子にトムがどこにいるかを聞いたことからだ。
今思えばこれが間違いだったのかな、と後悔せざるを得ない。
『トムなんて慣れ慣れしく呼んで、あなた彼のなんなの!?』
『私達でさえ相手にしてくれないのにあなたなんかが彼に取り入れるとでも思ってるわけ?』
そんな言葉初めとしてわーっと一斉に投げつけられ、黙って聞いていたわたしも思わずカッチーンときてしまい。
『わたしはトムの彼女ですけど。…そんな汚い言葉ばかり吐いてるから相手にされないんじゃない?自分で自分の質を下げてる自覚はないのかな?』
とまあ、自分より年下の女の子になんとも大人げないことを言ってしまって…。
激昂した彼女の放った呪文によって、わたしの長い髪はバッサリと切られてしまったのだ。(ついでに頬もヒリヒリするからきっとそこも切れたんだと思う)
そこにちょうど探し求めていたトムが来て、わたしを見たトムがブチ切れて魔法で女の子達を吹っ飛ばし、今に至るというわけだった。
今にも許されざる呪文の1つでも杖の先から飛ばしそうな程、トムが怒っているのが分かる。
でも、怒ってるはずなのに…トムはニッコリと不自然な笑みを貼り付けていた。
それが余計に彼女たちの恐怖を駆り立てていることだろう。
「ご、ごめんなさい…!トム、私達…っ」
「黙れ。カヤ以外の女がその名を呼ぶことは許さない」
「―…っ!」
周りの生徒は騒然としていて、みんなが驚きに目を見開いていた。
まるでこんなトムを初めて見たような、そんな感じ。
わたしは元の世界で男の人に襲われそうになった時のトムを見てるから驚きはしないけど…相変わらずキレたトムは凄まじく怖い。
「…トム、あのー…」
「君も君だ、ばかカヤ。元はと言えば君があの部屋から出ずに大人しくしていれば良かっただけの話だろう?かと言ってカヤを傷付けていい理由にはならないだろうが、君のせいで彼女たちがこうなってると言っても過言ではないんだよ。分かってる?ねえ、カヤ」
「ご、ごめんなさいぃ…!」
痛いくらいに顎を掴まれてグイッと顔を上げさせられ、早口で並べられた言葉に謝罪すると同時にトムの真っ赤な瞳をかち合った。
あ、やっぱりトムの赤は綺麗だなぁ。
なんて呑気なことを思ってふにゃりと頬を緩めてしまえば、トムは小さく目を見開いて一気に脱力した。
「まあ、もういいや。とにかく校長のところに行くよ。どっちみちカヤの存在は遅かれ早かれバレるんだし、いい機会だったと思うことする」
そう言ったトムに手を引かれて、半ば引き摺られるようにしてその場から去っていく。
「あの、本当にごめんねー!」
未だ簀巻きにされている彼女たちにへの謝罪を忘れずに。
***
そのまま真っ直ぐ校長室に向かうかと思ったけど、その道中にあった空き教室に連れ込まれていきなり長机の上に押し倒された。
「え、ちょっとトム?」
「…なにその格好」
「げ。あーえっと…やっぱり20過ぎたわたしには無理があった、よね」
少しショックを受けながらも、トムの悩ましげに細められた瞳を見つめ返せば彼はわたしのネクタイにそっと手をかける。
しゅるりと滑らかに解かれるその手つきに、ドキリと心臓が高鳴った。
…今のトムの色気は半端ない。
「そんな姿のカヤも、そそる」
「…っトム、」
耳元で吐息と共に囁かれ、思わず声が漏れてしまうとトムは満足げにニヤリと口角を上げてそのままワイシャツのボタンの上2つを器用に片手で外した。
こんなに手馴れてるくせにわたしが初めての恋人だというのだから驚きだ。
「ん…っ」
そして露わになった胸元にチュと吸い付いた後、トムはわたしの身体を解放する。
…なんだか、制服同士だとすごくイケナイ事してるみたい。
そう考えると今の状況がすごく恥ずかしくなってきて、きっと赤い痕がついているだろう胸元をサッと隠してトムを睨めば、トムはわたしの唇をペロッと舐めてくる。
だめだ、こういう時の彼には絶対に敵わない。
「その姿を僕に1番に見せなかったこと、メモを無視して勝手に行動したこと。後悔させてあげるから、覚悟しててねカヤ」
制服でしてみるのもアリか、なんて呟きは聞こえてないフリをした。
(彼女の制服姿は想像以上に良かった)