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身寄りのない子供たちが集まる孤児院。
そこで出逢った、不思議な力を持った男の子。
『僕は手を使わずに物を動かせる』
『わー。ほんとだ、すごいねトムって!』
『…君は僕が怖くないの?』
『ん?なんで?』
『…変なやつ』
そしてトムは11歳の誕生日を迎えると共に、孤児院を去った。
来年にはまた会えるさ、とトムは言ってたけど別れの日から10年経った今でもその言葉は叶っていない。
トムはどこに行ったの?なんて泣き喚いて孤児院の先生たちを困らせていたのがつい昨日のことのように思い浮かんで小さく笑った。
「なに1人で笑ってるんだよ」
気持ち悪いぞ、なんて同じ仕事仲間の彼が言ってくるけれどそんな軽口はいつものことと流す。
そういえばトムと出逢った最初の頃も、まるで魔法使いみたいに色んなことをやってみせるトムに興味深々でよく彼のあとを追いかけまわしては『しつこいぞ!』と嫌な顔されたっけ。
そんなことを思い出しているうちに、仕事仲間は呆れたような顔をして『おつかれ』と店の奥へと消えていく。
「ふう…」
なんで今日はこんなにも昔のことを…特にトムのことを思いだすのだろうか。
「変なやつね、本当に」
呟いて、客足が落ち着いた店内の掃除でもしようかと布巾を濡らしているとカランカランと入店のベルが鳴った。
「あ、いらっしゃいませ!」
慌てて接客モードに入り、ニッコリと笑顔を作って入口へ視線を向ける。
そこに立っていたのは、黒いローブ、黒いフードを被った、黒い人。
こんなに怪しい人、警戒しないわけがない。
わたしはすぐにでも警報を鳴らせるような場所に位置取りながら、改めて目の前の黒を見据えた。
「…何名様でしょうか?」
「ふ、はは!」
低くもない高くもない笑い声が店内に響く。
わたし何かおかしなこと言った?
ググ、と眉間に皺が寄るのを抑えることなく黒い彼を怪訝に見ていると彼は徐にフードを取り外した。
「誰?」
「分からないかい?」
「………」
フードに隠されていたのは、黒い髪に黒い瞳。そして整いすぎるくらい整った顔。…こんなにかっこいい人、知り合いにいたかしら。
頭を捻って必死に思い出そうとしていると、彼はいつの間にかわたしの目の前まで移動していた。
「ほら」
「…、わ」
黒いローブの下から白い手が伸びてきて、手の平を上に向ける。
すると何もなかったはずの彼の手の平からは、色とりどりの花が溢れるくらいに咲き誇った。
この不思議な力を、わたしは知っている。これは、この魔法は。
「これ…」
「………」
「まさか、トム…?」
頷きも肯定の言葉もなかったけど、彼の満足げな表情でそれが正解だということが分かる。
嘘。もう会うことはないと思ってたのに。
何と言葉をかけたらいいんだろう。久しぶり?元気にしてた?そのくらい言えばいいと思うのに、そのどれもが腑に落ちる言葉だと思えなかった。
「迎えにきた、ナマエ」
「…迎えに?」
「マグルなのが残念だけど、それでも君なら、僕の傍にいさせてあげる」
「なにを言って、」
ー…パリーン!
にじり寄ってくるトムに、反射的に後ずさりしてしまっていたようで手に触れた花瓶がテーブルから落ちて床に破片が散らばる。
「ナマエー?」
その音を聞きつけた仕事仲間が奥から出てきて、わたしとトムを不思議そうに見つめてからスっとトムを睨みつけた。
ドクン、ドクン。
心臓が嫌な音を立てて、嫌な予感と胸騒ぎに支配される。
「怪しいぞお前。ナマエから離れ、ッ」
「アバダ・ケタブラ」
わたしとトムの間に立った彼が、緑の閃光に貫かれて力なくパタリと倒れてくる。
その目は見開いたまま、身動きひとつしない。
「ひっ…や、」
彼は死んでしまった。トムが、殺した。
横たわったソレは光を宿さない仄暗い瞳をわたしに向けていて、恐怖で腰がぬける。
そんなわたしを、最初と変わらない笑みを携えて見やるトムが彼を殺した凶器を私に向けた。
「やめ、て…死にたくな、い!」
「死ぬだって?君が?…それはありえない」
「……っ?」
「さっきも言っただろう?君は、僕の特別だからさ」
ー…オブリビエイト。
優しく歌うような声でトムが唱えたのがどこか遠くで聴こえた。
不要な記憶に蓋をして
(君は僕のことだけ覚えていればいい)
ちょっと狂愛チック
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