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朝起きてまず最初に、甘ったるい匂いと何かが焦げるような匂いが鼻についた。
嫌な気分になりながらベッドから身体を起き上がらせたところで、いつも感じる体温が傍にないことに気が付く。
自分が目覚めるときには常に隣にいろと言ってあるのに、と更に不機嫌になりながらリビングへと向かった。
「ナマエ?」
「あ、おはよ!トム」
自分の愛してやまない彼女はキッチンに立っていて、ニコリと僕に笑いかけた。頬に茶色い何かをつけて。
そして嫌な匂いもそこからする。
「…今日の朝ご飯は、昨夜作ってたサンドウィッチじゃないんだね」
「サンドウィッチだよ?今作ってたのは…これ」
彼女が差し出してきたのは、黒く焦げた何か。
どう見てもゴツゴツした泥団子にしか見えない。そうではないのは確かだろうけど。
「…これ、なに」
「え。見て分からない?」
「分からないから聞いてる」
「…バレンタインの、チョコレートなんだけど…」
トムにあげようと思って、と尻つぼみになりながらボソボソと言うナマエ。
バレンタイン。そうか今日は2月14日だったのか。
そういえば、ホグワーツでの学生時代に女子生徒からの多すぎる贈り物に毎年うんざりしていた記憶がある。
「ナマエ。君は料理は上手いはずなのに何故コレはこんな風になる」
「トリュフってやつを作ってみようと思ったんだけど…やっぱりこれ失敗してるよね」
しょんぼり。
今の彼女を表すのにそれ以外にピッタリ当て嵌まる表現はないだろう。
…どんな表情でも愛らしさを感じてしまうのは惚れた弱味か。
失敗作のチョコレートをゴミ箱へ捨てようとするナマエの腕を引き留めて、もう片方の腕で彼女の腰を引き寄せた。
「…あっ。トム?」
「食べさせて」
「え、あ…朝ご飯?今から用意するから待っ…」
「ちがう。君が僕のために頑張って作ってくれた、これ」
ナマエが手に持つトレイに乗せられたチョコに一瞬、唇を触れさせればそれはきちんと甘い。
「あ、えっと…でもこれ失敗してるし…」
「つべこべ言わなくていいから、早く」
「…〜っ、もう。不味くても責任とれませんからね!」
拗ねたり不機嫌になったりするとこうやって敬語口調になるのも、彼女の可愛いところ。
口を小さく開けたら、何かを覚悟したような真剣な表情をしたナマエがギュッと唇を結んで涙を滲ませた大きな瞳で僕を見上げている。
ゾクリ、と興奮で身体が震えて口角が上がった。
「あー…ん」
「…ん」
口に入ってきた物体は、見た目ほど酷い味はしていない。あのゴツゴツがナッツが入っていたからだったようで、触感も悪くないように思う。
元より甘い物が苦手な僕には、少し焦げて甘みが控えられたこの味も嫌いではない。
まあ、ナマエが僕だけの為に作ってくれたという事実もあって美味く感じている部分もあるかもしれないが。
「……ど、どう?やっぱりマズイ、よね?」
無理しなくていいんだよ、とアワアワと忙しなくなるナマエ。
その様子にフッと笑って、さっきから気になっていた彼女の頬についたチョコをペロリと舌で舐めとる。
「あ、トム……」
「チョコ、ごちそうさま。想像してたより良かったよ」
僕がそう伝えれば。
ふんわりと花が咲くように、嬉しそうに顔を綻ばせるナマエが目に映った。
その瞬間。ドキドキと柄にもなく胸が騒ぎ始めて、そうして僕はナマエへの特別な想いを改めて実感する。
「まだたくさんあるからね、トム!」
「今はもうチョコはいいから。それより僕は一刻も早く君を食べたいんだけど、いいよね?」
「へっ、ええ…!?」
チョコよりも
(君の方がおいしそう)
なんだか最後、川柳みたい。
2月14日のバレンタイン記念短編です。
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