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感情と魔力(ヒロイン視点) [ 10/38 ]




いつの間にか雪に埋もれている本を拾って落とし主であるセブルスに渡そうとすると、彼はいつも以上に眉間に皺を寄せていた。


「セブルス、」


大丈夫?と言い切る前にグイッと腕を引かれる。
不思議に思って見上げたセブルスは、とても動揺して焦っているように見えた。

きっと目の前の彼らが原因だ。
わたしの予想が正しければ、セブルスと一緒にいる時に嫌がらせを仕掛けてきていたグリフィンドール生こそ彼らだと思った。

わたしはグッとセブルスを引き留めて、振り返る。


「やあ、ユキシロ。まだ懲りずにスニベルスなんかと一緒にいるんだね」


医務室でも言っていた、スニベルスという言葉。
ポッターがそう呼ぶのはセブルスのことで間違いない。
その言葉の意味は分からないけれど、彼らとセブルスが友達には見えないから多分、蔑称なのだろう。

日本にいた頃、周りがわたしを『赤目の化け物』と呼んでいたのと同じようなもの。
すごく不快で、セブルスと同じようにわたしの眉間にも皺が寄った。


「スニベルス、おまえって奴は本当に美人に目がないな。エバンズの次はそいつか?」
「…黙れ。僕はそんなつもりで一緒にいるわけじゃ、」
「ふん、どうだかな。おらよっと!」
「…っ!」


ブラックが杖を取り出してクルリと先を回すと、セブルスの足に縄が巻き付いて彼は雪の上に転んでしまった。
セブルスが土の上に積もった雪をグッと握ったのが見える。

…そういうことだったんだ。
インドアな彼がよく傷を作っていた原因も、リリーがポッター達を嫌っている理由も今、分かった。


「僕さ、ユキシロはスリザリンにもスニベルスにも相応しくないと思ってたんだよね。いつまでも雪遊びしてる奴は放っておいて、僕たち悪戯仕掛人と…」

「―…悪戯?あなたはこれが悪戯だって思ってやってるの?」


自分でも驚くくらい、言葉を紡いだのは冷たくて低い声音。

友達って、自分に相応しいとか相応しくないとかそういうの考えながらなるものじゃない。
わたしの大切な友達であるセブルスが、傷付けられているんだ。
これに怒りを抱かないはずがなかった。


「あなた達は、人を笑顔にできるような悪戯をするんだと思ってた。でも違った。…こんなの悪戯じゃなくて、ただの虐め」
「スニベルスはある意味で特別だ。俺たちの敵だからな。ただの悪戯なんかじゃ生温いだろ」


彼らの口から呼ばれるセブルスへの蔑称と、彼を卑下する暴言が吐かれる度にわたしの手に力が入る。

ああ、目の奥が熱い。
この感覚をわたしはよく知っている。
だからこそ、グッと我慢して力を…魔力を抑えなきゃいけないのに。


「人が傷付く姿を見て、楽しい?幸せ?」
「少なくともスニベルスに対してはそう思うね」
「、ジェームズ…」
「リーマス、ジェームズの言うことに間違いはないだろ」

「…そう。あなた達が、とんでもなく最低な人間だってことがよく分かった」


面白くも楽しくもないのに、自分の顔がニッコリと笑顔を作ったのがわかる。

…悲しかった。
どうして平気で人を傷付けたり貶めたりできるの?
…腹が立った。
自分の大切な人を、この人たちは傷付けた。
…恐ろしかった。
揺れる激しい感情の波に、呑まれてしまいそうで。

わたしに言われた言葉に憤怒している彼らの言葉も、どこか遠くで聴こえていた。


「…スズネ?」


名前を呼ばれたけど、倒れたままのセブルスを見ることはしない。
彼の足を縛る縄に指を向けて、指先から出る炎がその縄だけを灰に変えた。


「つ、杖なしで魔法を…!?」


ペティグリューが小さく悲鳴を上げてルーピンの背中に隠れる。

わたしの持つ魔力は他とは違って特別で…そして強力で、杖を通さなくても魔法が使えてしまう。
だからこそ周りの人はみんな、彼のようにわたしを恐れたんだ。


「俺らとやる気か?」
「…シリウス、まさか女の子にまで」
「女男はこの際関係ねぇ。少し痛い目見てもらうだけだ」


自信満々のブラックはフンと鼻で笑うと、わたしとセブルスに向かって杖を構えた。
呆けていたポッターもハッとして慌てて杖を向けてくる。

傷付けちゃだめだ、おさまって、お願いだから。

そう思うのに、わたしの指は自然と動き出して円を描くと色とりどりの花と茨が現れる。
それはセブルスを守るように、彼の周りを囲った。

なんて攻撃的なオーキデウスなんだろう。
わたしの感情が、そのまま魔法に表れているようだった。


「セブルスを、わたしの大切な友達を傷付けるのは今後やめて」
「できない相談だよ、ユキシロ。僕たちはスニベルスが嫌いなんだ」
「…嫌いなら何してもいいってこと?」
「おーい、籠の中のスニベリー!僕たちが嫌いなら何かしてくればいいじゃないか!女の子に庇われて恥ずかしくないのかい?」

「ー…黙って!」


わたしの叫ぶのと同時に強く風が吹いて、それは鎌鼬となって彼らの頬に赤い線を引いた。

だめ、だめ、だめ。
これ以上は自分で抑えられなくなってしまう、のに。


「わたし、あなた達のこと大嫌い」


それなら、何されても文句言えないね?

ほぼ無意識下でのことだった。

わたしの人差し指がゆっくりと彼らへと向けられてその指先に赤黒い炎が灯る。
自分の指の先に彼らの怯えたような表情が見えて、身体が震え出した。


「あ……っ」


身体の奥が燃えるように熱くなっているのに気付いて、わたしの中の魔力が強化されていくのを感じ取ることが出来た。

このまま、この炎が彼らに当たってしまったらきっと…。


「…っスズネ、やめろ!」
「っ、セブ…」


どうやってオーキデウスを抜け出したのか目の前に現れたセブルスは、わたしの震える手を包み込んでグッと何かを耐えるように唇を噛んでいた。

その瞬間、ざわめく木々は静かになり、太陽の光がさす。風は吹きやんで、静寂に包まれた中庭。

緊張の糸が切れたように地面にへたり込む彼らの荒い息遣いが静寂に響いていた。


「スズネ、」

「…アルバスっ」
「こちらへおいで」


彼らとわたしの間にどこからともなく現れたアルバスは、わたしの手を引いて中庭を去っていく。
背中越しにわたしの名前を呼ぶセブルスの声が聴こえて、泣きそうになった。

感情に呑み込まれて魔力が暴走することは日本にいる時にもあったこと。
だからわたしは日本からホグワーツへと転校させられたんだ。

今のことのせいで、わたしはまたホグワーツから別の場所へと連れていかれてしまうのだろうか。
それとも退学になってしまうのかもしれない。


「………っ」


学校へ通えなくなることよりも何よりも、リリーやセブルスに会えなくなってしまうことが一番嫌だ。


「アルバス、ごめん…っ」


彼らを傷付けてしまったことは、謝って許されるようなことじゃないと分かってる。

優しい微笑みを崩さないまま、アルバスはわたしの頭をポンポンと軽く撫でてくれた。


(わたしの大切な人)


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