ハロウィーン [ 8/38 ]
「っはあー…」
まさかこんな事態になるなんて。
大きく溜め息を吐いたスズネは人気のない図書館の隅っこへ腰を落ち着かせた。
無事にクッキーを完成させて朝早くにリリーを探し出してクッキーをプレゼントして、次はセブルスだ!と息巻いていたらいつの間にかたくさんの人に囲まれて「トリックオアトリート」の嵐にのまれてしまった。
それにしても、たくさん作っておいて正解だった。
これだけは!と守り切ったセブルスへのプレゼントを眺めて、スズネは小さく笑う。
「喜んでくれるかなー」
その時、ガタンという音が響いて反射的にその音のする方へと顔を振り向かせる。
彼女の視界に写ったのは探し求めていた彼だ。
「セブルス!良かった、探す手間が省けた」
「………」
「え、ちょっとセブルス?」
パァと花が咲くように嬉しそうに笑うスズネにたじろいだセブルスは、そのまま彼女に背を向けてその場を去っていってしまう。
スズネの声を背中で聞いて、今一番会いたくない相手に会ってしまったとセブルスはギュッと手を握り締めた。
そんな彼の手を取って引き留めたスズネは、自分と目を合わせてくれようともしないセブルスに何かしてしまったのだろうかと不安を募らせていく。
「セブルス…?」
「…何だ」
「どうして怒ってるのか教えてほしい」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん。…セブ、」
「ッ僕は、君と仲が良いわけでも友人なわけでもない!」
「な、え…?」
突然のセブルスの言葉に、頭が真っ白になりそうになった。
仲が良いわけでも、友人でもない。
そう思っていたのは、自分だけで勝手にそう勘違いして思い込んでいただけだった…?
泣きそうになるのを必死に耐えていれば、無意識に手に力が入って、持っていたクッキーがぐしゃりとつぶれる感触がした。
スズネのあまりにも悲痛な表情に、セブルスは微かに目を見開くがすぐに顔ごと彼女から視線を逸らす。
「…なんで、そんな顔をするんだ。君だってそう思って、」
「そんなわけないでしょ…!」
「……ッ!?」
普段のスズネからはそう想像できない怒鳴りを聞き、セブルスは肩を揺らして涙に揺れる彼女の透き通るような赤い瞳を見た。
同時に、すぐにでも司書の叱咤が飛んでくるかともヒヤヒヤしたがマダム・ピンスは都合よく不在だ。
「これ!」
「…それ、は」
「今日がハロウィーンだったって理由もあるけど。リリーとセブルスはわたしに初めてできた友達だって、少なくともわたしはそう思ってたから!クッキー、作ったんだよ…」
スズネが差し出した袋は少し皺が出来ていて、袋の透明な部分からクッキーの欠片がチラリと見える。
「セブルスと、友達だって仲が良いって思ってたのってわたしだけだった?」
「…っ、スズネはそれをリリーには朝一ですぐに渡したんだろう?僕のところに君は来なかった」
吐き捨てるように言ったセブルスの言葉に、スズネは勢いよく顔を横に振った。
「それは、色んな人に捕まってて朝は大広間に行けなかったんだよ…。授業が始まれば必ずセブルスとは会えると思ったし、そんなに急がなくてもいいかなと思ってたから……って、え?セブルス、まさかそれで怒ってた?」
「……ッそんなわけ、」
「じゃあ、わたしと仲良くないとか友達じゃないとかは本当に思ってるってこと?」
彼女が胸に抱きしめるそれには『Dear Severus.いつも仲良くしてくれてありがとう』と下手くそな英語で書かれたシールが貼ってあり、セブルスは顔やら胸やらに徐々に熱が帯びていくのを感じた。
ただの自分の勘違い。
そのせいで、自分のせいで、彼女を悲しませてしまった。
どうしようもない後悔の念に苛まれながら、セブルスは大きく息を吐いてポケットからハンカチを取り出す。
「…悪かった」
呟くように謝罪を述べた後、セブルスはスズネの頬にそっとハンカチを押し当てた。
その彼の行為で、スズネは自分が泣いてることに気が付いた。
「セブルス…?」
「思ってもいないような言葉で君を傷付けて悪かった。…スズネは、僕にとっても仲の良い友人だと思っている」
だから泣くな、とバツの悪そうな顔を向けるセブルス。
彼の口から直接、仲の良い友人という言葉を聞くことができて、嬉しいやら何やらでさらに涙が出てきそうで彼から受け取ったハンカチでグッと目をおさえた。
たくさんの女生徒から「かっこいい!」と口々に言われているようなスズネだが、たまに今のように彼女はきちんと女子なのだと分からされることがある。
ドキドキと速くなる鼓動に、それはすごく心臓に悪いことなのだとセブルスはローブを握り締めた。
「はい、これ。…おいしいか分からないけど」
涙目のまま上目使いで見られれば、セブルスは彼女を直視できなくなる。
小さく高鳴る鼓動を落ち着かせながら、スズネからクッキーの入った袋を受け取った。
「あ、トリックオアトリートって言われてない」
楽しそうに笑うスズネにつられて、セブルスもふと表情を和らげたのだった。
それから無事にスズネからクッキーをもらうことのできたセブルスの表情を見て、「やっぱりあの時はまだスズネからクッキーもらえてなくて拗ねてたのね、セブったら」とリリーからからかわれる羽目になった。
(抱く気持ちは友情か、それとも)
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