kimetu | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



柱補佐




「月子、君は言っていたね。鬼殺隊のどこに身を置かれようが自分のやるべきことは変わらない、と」
「…言いましたが、柱になってもいいという意味で言ったのではありません」

「自覚はないのだろうけど、君が周りに与える影響は凄まじい。もちろん良い意味でだよ。剣の腕は言わずもがな、今回のめいのこともある。君には人の心を育ませ、強くさせる力がある」
「それは違います。わたしの力ではない。あくまで皆、自分の力と想いで強くなっている。…お館様は、わたしを過大評価しています」

「うーん、難しいね。君がそこまで柱になりたがらないのは何か理由があるのかな?」
「………わたしは―――相応しくない」



■ ■ ■



定められた一ヶ月が終了し、お館様に呼びつけられたのは月子ひとりだけだった。

不思議に思った月子が雛森のことを聞くと、あれだけ柱になりたいと言っていた彼女は驚くべきことに“柱という役職に自分では力不足だ”と自ら辞退を申し出たという。

その後は、月子を柱にしたいお館様と柱になりたがらない月子との問答が続き―――。


『月子がそこまで頑ななのであれば、私は下がることにするよ。これ以上は無理強いになってしまうからね。気が変わることがあればいつでも私を訪ねておいで』


結局はお館様が折れ、月子は現在の階級のまま柱になることを逃れたのであった。






パタリ、と襖を閉じて月子は疲れたように大きくて深い息を吐き出した。


「…長かった……はぁー…」


小さな呟きは人気(ひとけ)のない廊下に思ったよりも大きく響いたようだ。


「ふふ、お疲れ様です。よくお館様を説き伏せましたね。すごいです」
「……胡蝶さん、でしたか」
「はい。蟲柱の胡蝶しのぶと申します」


ニコリといつものように微笑んで月子を見る胡蝶は、こうして彼女ときちんと面と向かって言葉を交わすのは初めてだなと思った。

竈門月子は、胡蝶が想像していた何倍も変な人で魅力的な人だった。
雛森めいと月子との合同任務を蛇柱と共に監察していたあの時の光景は今後忘れることはないだろう、と胡蝶はふと思い出す。


「それにしても勿体ないですね。竈門さんほどの方が柱にならないなんて」
「…わたしは、鬼を斬ることができるならそれでいいので」


月子にとっての鬼とは鬼舞辻無惨のことに他ならない。鬼殺隊に入った理由も刀を振るう理由も、根本は全てそこにあるのだ。


「―――竈門さんは、鬼と人間は仲良くなれると思いますか?」


その問いに、月子は少しだけ考えた。
胡蝶はそう問いかけた後、自分でも気付かないうちに手を僅かに震わせる。

人間と鬼が和解して仲良くなれれば、と願い行動した心優しい姉。そんな最愛の姉の想いと願いを継ぎたいという意思。
姉の想いや願いなど露知らず、彼女の命を無情にも奪っていった鬼。そいつらへの計り知れぬ憎悪。

相反するふたつの気持ちが、心を迷わせ頭を悩ませる。自分がどうしたらいいか分からなくなって、自暴自棄になってしまいたくなる時もある。

たくさんの人の心を救ってきた月子なら、と縋ってしまった自覚は胡蝶自身も十分にあった。


「………お互いがそう思えるのなら、できる気がしますけど」
「お互い、が……」
「どっちかだけが仲良くしたいと思っていても、相手にその気がなければ仲良くするのは厳しいのではないでしょうか」


現実的なことを考えてしまうのであれば、鬼が人の血肉を求め理性を失い凶暴化する鬼である以上は人間と“仲良く”することなど不可能に近い。
妹の禰豆子は人の血肉を求めることはしない。ただ眠っているだけ。もし、そういった“特例”の鬼が他にもいるのならば人間と“和解”することは出来るのかもしれない。喰い喰われ、斬り斬られの関係以外の何らかの形で。

月子はそこまで考えてから、自分より少し背の低い胡蝶を僅かに見下ろした。


「あくまで、わたしの考えです。何を考え、思い、行動するのかは自分自身で決めること。他の誰でもない、わたしの…そして胡蝶さんの人生ですから」
「……………」
「自分の心に嘘吐かず、出来る限り悔いのないように生きていけたらそれでいい」

「…自分の、心に嘘吐かず……」


何だかわたし、家族以外の人と関わるようになってから少しお喋りになってないだろうか。

胡蝶に言葉を投げてすぐに月子はそう思い、急に湧いて出てきた羞恥心に身体が熱くなる。
柱の人相手に、偉そうなというか差し出がましいようなことを言ってしまった気もしないでもない。

とりあえずとっととこの場を去ろう、と月子は黙ったままの胡蝶に小さく会釈をして屋敷を出た。
今から、お世話になった煉獄家に挨拶をしに行って、炭治郎に文を書いて…と頭の中を整理しながら自然と早くなる歩を進めたのだった。



←