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落着




癸の隊士二人が廃神社へ足を踏み入れる姿をジッと見届けた月子は、ちらりと隣の雛森を一瞥する。

先程までの震えは止まっているようで、しかし顔色は青白く決して良いとは言えない状態。
あれだけ自信満々だった彼女が、鬼との交戦を控えてあれほど怯えたように身体を震わせていたのは正直予想外だった。

だが彼女も今までに沢山もの鬼を斬ってきた強者。
今は雛森のことよりも、廃神社へと入っていったあの二人を気に掛けねばと月子は再び廃神社の方へと意識を集中させる。


「…ねえ、何かおかしくない?」
「…………」
「あの廃神社ってそこまで大きい建物じゃないわよね?なのにあの二人、あれに入ってから全然出てくる気配がな―――ッ」

「―....っ、避けて!!」


雛森が完全に喋り終わる前に、突如として二人を包んだ鋭い殺気。
それにいち早く気付いた月子は雛森にすぐ声を掛けるが、彼女は固まって動けなくなっていた。


「、雛森さん…!」


月子は雛森の腰に素早く手を回し、その場から移動させるために腰を掴んだ遠心力をそのままに思い切り雛森の身体を放り投げる。

受身の取れなかった彼女の口から『ぐえっ』とカエルが潰れるような声が聞こえたが、刀で串刺しにされるよりはマシだろう。月子は息を吐いた。

先程まで雛森がいた場所。そこに突き刺さる刀。刀が刺さっている場所からは煙が立っており、その威力の凄まじさを物語っている。


「あ…っ、あ…!竈門、さん…っ」
「っ、あぁ!ご、ごめんなさい…!!」


目の前に突きつけられた二本の刀の切っ先。
それを月子に向けるのは、廃神社へ入っていったはずの癸の隊士二人であった。

一体どういうことなのか。
考えてすぐに月子はひとつの答えを導き出す。
不自然に曲がった二人の腕、ギクシャクとまるで“操り人形”のように動く足。

そう。彼らは今、鬼によって“操られている”。


「あ、俺たち…廃神社に入った瞬間に身体が動かなくなって…っ!叫ぶ暇もなく口を、んんっ…!?」


どこからともなく現れた白く細い糸のようなものが、隊士たちの口に巻き付いていった。


「ダメだよベラベラ喋ったら。別に喋る必要なんてないから、舌切っちゃえばよかったかなァ?」


その場に、子供のような声が響いた。
月子が声の方向を辿ると、そいつは廃神社の屋根に腰を掛けて愉しそうにこちらを見下ろしている。

真っ白な髪に真っ白な肌。赤色の丸い模様が頬に点々と描かれており、瞳は大きく真っ黒。
―――あれが、今回の任務の対象である鬼だ。

ゴクリ、と雛森は喉を鳴らした。
あの鬼は今まで自分が相手にしてきた鬼とは違う。…喰ってる人の数が違う。
見上げた鬼と目が合ってしまえば、金縛りにあったように身体が動かなくなり、呼吸が苦しくなった。

あんなのに、勝てるわけない。斬れるわけ、ない。


「―――氷の呼吸 壱ノ型・氷天斬り」


雛森の耳に澄んだ声が聞こえた。
そして自分の横を風のように通り過ぎ、鬼と隊士二人の空間に身体を滑り込ませて刀を十字に振るう。

シャラ…と氷の結晶が舞うような、優美な動作。
月の光に照らされたその姿に、鬼が近くにいるのも忘れて思わず見惚れてしまうほどで。


「…っなに!?俺の糸が斬られた!?」


鬼によって操られていた隊士二人は、ドサドサと地面に身体を倒れさせた。
倒れた隊士二人に駆け寄り、月子は彼らの口元に手を添え、気を失っているだけなのを確認する。


「…雛森さん、どうする?」
「、っあ。………え?」
「鬼を斬るのはあなたに任せるって言ったから。任せようと思うんだけれど」


あんな禍々しい鬼を前にしても、そう言う月子の表情は何も変わっていなかった。虚勢を張っているわけでもない。それなのに自分は、今こうして声を掛けられても腰が抜けて立つことすらままらない。

手柄を横取りするなとか柱になる、なんてよく言えたものだ。こうして鬼を前にしてしまえば、こんなにも情けなく怖気付いてしまうほど弱いくせに。


「俺を無視してお喋りとは随分と余裕なんだねェ…!!殺してやる!喰ってやる!!」


雛森からの返事を待っている間、鬼からの糸による攻撃が絶え間なく月子に降り注いだ。
それを難なく斬り、時折雛森の方を振り向いては先程の問いによる答えを促す月子は鬼が言うように余裕があり過ぎていた。


「…怖い。あたし、死にたくないっ…。でも斬らないと、怒られる。鬼をいっぱい斬って、階級を上げて、家の名を上げて、柱に…なって…っ!じゃないと、あたしの存在価値なんて…ッ!」


雛森は頭を抱えて蹲った。
脳裏に思い出されるのは実の父からの言葉。

『いいか、めい。能無しで役立たずなお前に残された道はふたつだ。これ以上、雛森の名を汚さぬように私達とは縁を切り家を出ていくか。剣をとり、鬼殺隊に入り鬼を斬り、鬼殺隊における階級の最高位である柱まで上り詰め汚名返上を成すか』

何百年も続く雛森家の家系で生まれる子供は全て性別が“男”であった。しかし、そんな雛森家で前代未聞の“女”が生まれた。それが、雛森めい。


「………っうぅ」


自分が望まれて生まれてきたわけじゃないのだと、5歳の時に知った。

庭の池に足を滑らせて落ちてしまった時、近くにいた父や母は一切助けようとしてくれなかった。自力で池から這い上がって、その後に風邪をひいて。だけど誰も看病なんてしてくれなくて。苦しくて、辛くて。泣いても、怒られてしまって。

そんな自分を見て父は一言呟いた―――“池に落ちた時に死ねばよかったのに”って。



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