煉獄家 煉獄家は代々産屋敷一族に仕え、鬼殺を生業としている一族である。 煉獄の家の者は炎の呼吸を使用し、その強さも秀でていた為に主に炎柱として活躍する者が多かった。 鬼殺隊の現炎柱である煉獄杏寿郎も例に漏れずその一人だ。 「ここが俺の家だ!男所帯で申し訳ないが、」 そう言って自分の隣に立っている月子に目を向けた杏寿郎は、大きな双眸で彼女をジッと見つめた。 この竈門月子という隊士は鬼殺隊の隊士たちの中で話題の絶えない人物だと聞いていた。 まず初めに容姿の美しさ、次にその強さ、そして人を惹きつけるという彼女の性格。 確かに、と杏寿郎は心の中で深く頷いた。 『悪鬼を滅殺し、鬼舞辻無惨をこの手で葬る。それを成し遂げる為に、別に柱である必要はない。鬼殺隊のどこに身を置かれようが、わたしのやるべきことは変わりませんので』 お館様にハッキリとそう言い放った月子は特に印象に残っている。 自分を柱に、と食い気味に騒いでいた雛森より月子の方がよほど好感が持てると杏寿郎は思う。 地位や立場にこだわることなく、彼女は彼女の”やるべきこと”の為にただ直向きだったのだ。 「…わたしは一ヶ月の間、ここに?」 「ああ!いつ何が起こるか分からないから例外はないとは言えないが、基本的には俺と同じ任務へついてもらうことになる。同じ場所へ向かうためにわざわざ離れる必要もないだろう!」 月子は目の前の屋敷を見る。 産屋敷邸に負けず劣らずの大きなお屋敷であり、これが杏寿郎の家だという。 自分の家を持っているわけでもない月子は今まで休息のための寝泊りは鬼殺隊に無償で尽くしてくれるという何ともありがたい藤の花の家紋の家を利用していた。それは”そういう家”だからと申し訳なくは思っていたものの甘えることは出来たが、ここは煉獄家という人様の家で藤の花の家ではない。 そこに一ヶ月もお世話になるなど―――。 「迷惑、だと思うんだけど…」 思っていることが口に出てしまっていることに月子は気付いていなかった。 杏寿郎はその呟きがきっちりと聞こえ、口元の笑みを深くさせて月子の顔を覗き込んだ。 なんとも綺麗な黄金色の瞳に見つめられ、不覚にも杏寿郎の胸は高鳴る。ドキドキと胸打つものは何なのかと不思議に思いながらも、杏寿郎はひとつ咳払いをしてから口を開いた。 「迷惑などと考える必要はないぞ!自分の家だと思って過ごしてくれて構わない」 「……………」 「納得できないか?ならばそうだな…。時々、千寿郎の手伝いをしてやってくれないか?」 「…ご家族ですか?」 「ああ!俺の弟だ」 よほど自慢の弟なのだろうか。 杏寿郎の瞳がキラキラと輝きを帯びているように見え、月子は少しだけ表情を和らげた。 「兄上ー!今日はお戻りになられ、!」 「千寿郎か!ちょうど良かった。今しがたお前の話をしていところだ!」 「あ、兄上…その美しい女性は…」 「む?ああ、紹介しよう!彼女はこれから共に暮らすことになる、竈門月子という。竈門少女、これは先程話していた俺の弟の千寿郎だ!」 兄である杏寿郎とそっくりすぎる千寿郎を食い入るように見つめてしまう月子。 違うとすれば眉の下がり具合と、その雰囲気くらいか。いくら兄弟だからと言ってここまで似るなんて、恐るべき煉獄家の血筋。 月子が変なところで感心している間、美人に見つめられ過ぎた千寿郎は顔を真っ赤にさせて汗をかいていた。そしてペコリと月子が頭を下げれば、千寿郎はカクカクと人形のような動きで頭を下げる。 「あ、兄上……」 「どうした千寿郎!」 「僕、今日はお赤飯を炊きます…!こんな綺麗な方を連れていらっしゃるなんて、父上もびっくりしますね。僕もうれしいです!」 バタバタと急ぎ足で屋敷の中へと駆けて行ってしまった千寿郎。 「今夜は赤飯か!千寿郎の炊く赤飯はいっとう美味い。夜に任務が入らないことを願うばかりだな!」 「………弟さん、何か勘違いしてるような気がしたのはわたしだけでしょうか」 「ん?竈門少女、何か言ったか?」 杏寿郎が千寿郎の先程の様子を気にしている感じもしなかったため、月子は”いいえ”と首を横に振ってから、杏寿郎へ振り向いた。 「あの、失礼ですが煉獄さんの年齢はおいくつですか?」 「今年で十九だ!」 「わたしは今年十七になります。ふたつしか歳の差がない人に”少女”と呼ばれるのは少し抵抗があるので、できれば名字か名前で呼んでもらえませんか」 煉獄さんがそう呼びたいのであれば無理は言いませんが、と月子は続けた。 彼女のお願いに杏寿郎は少しだけ思考し、そして”あい分かった”と了承する。 月子の言う通り、彼女は”少女”と呼ぶほど幼くない。むしろその容姿と彼女の落ち着いた雰囲気からは実年齢より大人にも見える。 「―――では、月子と呼ばせていただこう!それならば君も、俺のことは杏寿郎と!」 「いやいや…わたしは呼びませんよ」 「何故だ!?それでは不公平だろう!」 「不公平も何もありませんよ。煉獄さんは上司でわたしは部下です。名前では呼べません」 「むう………」 月子が可愛げなく断れば、杏寿郎は少し拗ねたように表情を曇らせた。 彼女の口から”杏寿郎”と己の名が紡がれることをひどく期待したというのに。 いや、そもそも何故自分は彼女に名を呼んで欲しいと思ったのだろうか。今まで女性相手にそのような気持ちを抱いたことがない。 うーんむーんと何か考え込み出した杏寿郎を首を傾げて見ている月子。 家主の杏寿郎を置いて家に入ることは出来ず、その場に留まっているしかなかった。 そして、いつまで経っても屋敷の中へ入ってこない杏寿郎と月子を不思議に思った千寿郎が呼びに来たことでようやく煉獄の屋敷へと足を踏み入れることができたのだった。 |