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任務




月子が鬼殺隊として任務にあたるようになってから、早くも三ヶ月が経とうとしていた。
一番下の階級である癸(みずのと)であった月子は、この三ヶ月の間に階級を五つも昇級させ、現在は戊(つちのと)に属している。

この異例な昇級には理由があった。
ひとつは、鬼を斬った数が一ヶ月で二十を超える驚異的な記録を叩き出したこと。そしてもうひとつは、月子の”戦い方”にその理由がある。





「こ、今回の任務に同行する階級・癸の橘です…。宜しく、お願いします」
「竈門月子。よろしく」


癸歴=鬼殺隊歴である橘紗代は、目の前の愛想のない美人を見上げておどおどと自己紹介を述べた。

鬼殺隊に入隊してから約一年半経つ紗代が未だに最下階級から上がれていないのは、彼女が今までに鬼を斬ったことが一度しかないからである。

剣の才がないわけではない。そうであるならばとっくに隠(かくし)に異動させられている。
では何故、紗代が今までに一度しか鬼を斬れていないのか。それは彼女が、極度な臆病者だということに起因していた。


「任務の内容は分かっている?」
「あ、はい…。えっと、ここから少し西に進んだ町で毎晩若い女性が行方不明に…」
「手っ取り早く任務を終わらせるため、囮捜査をする。幸いにも、わたしもあなたも女だから」
「えっ……お、囮ですか?」


―――囮って、一体どっちが…。
紗代がタラタラと冷や汗をかきながら次の言葉を待っていると、月子は止めていた足を再び動かしながら口を開いた。


「囮はわたし。頸を斬るのはあなた。これが妥当だと思うけど、いい?」
「………頸を、斬る……」


紗代は震える両手を胸の前で握り合わせる。

鬼を目の前にすると、思い出してしまう。大好きだった両親が鬼に変貌して、自分を食べようと襲ってきた時のことを。
―――怖くて震えが止まらなくなって、だけど鬼はお父さんとお母さんで。だから…どうすればいいか、分からなくなって。


「……………」


月子は何も言わず、紗代をただ見つめた。

鬼殺隊に所属することになった経緯は、鬼殺隊士の数だけ存在している。目の前で顔を青白くさせて怯える彼女にだって、鬼殺隊として生きていこうと決めた”何か”があったはず。

チラリと視界に映った紗代の手の平には普通の年頃の女子にはないような血豆の痕がある。
彼女がしてきたであろう血の滲むような努力。そして鬼を斬ると決めた意志が無駄になっているのは勿体ない―――と、月子は思うのだ。





夜になり、朧月が顔を出した。
昼間の聞き込み調査で分かったことは、行方不明になった若い女性は皆、何かしら”赤いもの”を身に着けているという共通点があったということ。

月子は町で買った真っ赤な紅を唇にのせ、人気(ひとけ)のなくなった真っ暗な町中をフラフラと適当に歩き回っているところだ。


「はあっ、…ッはあ…!」


紗代は、緊張と恐怖で発狂寸前だった。

鬼が出てくるまで隠れて待機。そして鬼が来たら、斬らないと。斬らなければ―――。
こんがらがる思考を必死に巡らせた紗代は、ひとつ考えてしまった。


「…っ、そうだ…」


今回一緒に任務を行う彼女は、自分よりも階級がとても上の戊(つちのと)。
鬼を斬るなら、癸(みずのと)の自分なんかよりよっぱぽど彼女の方が適任だ。囮になるのは怖いけれど、きっと彼女は強いから、安心できる。
今からでも遅くはない。彼女のところに行って役割を交代しようと提案しなければ。


「…ああ、こんなところにいたんだね。睦美。やっと見つけたよ」
「―――……えっ」


吐息が耳にかかるのが分かるくらい、すごく近いところから声がした。
紗代はピクリとも動けなくなった。金縛りにあったみたいに、視線だけしか動かせない。

…鬼だ。鬼が、こんな、近くに―――。
大きな手に後ろから視界を遮られて、口も塞がれて。真っ暗な視界に見えなくなってしまった月子に、縋る思いで必死に両手を伸ばした。


「橘さん、稀血だったんだ。そういう重要なことは事前に報告がほしかったのだけど」


紗代の伸ばした手が思いきり引っ張られて、塞がれていたものが解放される。

涙や鼻水でぐしゃぐしゃな顔の紗代を鬼から救出した月子は、自分の投げた小刀を脳天に突き刺したままニコニコと微笑みを携えている鬼を見据えた。

稀血なら報告しろ、と言ったはいいものの月子にとってそれは問題ではない。月子は紗代が稀血だと事前に分かっていたとしても、鬼の滅殺方法を変える気は一切なかったからだ。


「…橘さん、よく聞いて」
「うっ、は…はい…っ」
「わたしの日輪刀は今、折れてて使い物にならない。鬼を斬れない」
「……え、あ…は?」


それが大した問題ではないかのようにヘラリと言ってのける月子に、紗代は驚いて何も言えなくなってしまった。
重要なことは事前に言えというさっきの彼女の言葉そのまま言い返してやりたくなる。

だがここで、紗代は最悪なことに気付いてしまう。
月子が鬼を斬れないということはつまり、この鬼を斬れるのは今、自分しかいないということ。


「む、無理…無理です!竈門さん!私には、鬼は斬れ―――ッ!」
「ねえ、睦美。お喋りできる友達ができてよかったねえ。僕はすごくうれしい」


紗代の言葉を遮るように、鬼が喋り出す。
鬼は頬を染めて、声を弾ませていた。

その様子を見た途端、紗代はギュッと心臓を掴まれたような感覚に陥った。
―――鬼は、嬉しいって言うのに寂しそうに笑う。そして”睦美”と切ない声音で呼ぶのだ。



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