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出立




日輪刀を受け取った翌日の早朝。
目覚まし時計代わりに鳴り響いたのは、甲高い鎹烏の任務を伝える大きな声だった。


「北北西〜北北西〜!ソコデハ幼イ子供ガ夜ナ夜ナ消エテイル!迅速ニ向カウベシ!」


とうとう炭治郎と禰豆子と離れて、鬼殺隊として任務に向かわなければいけない時が来てしまった。

鴉の声で起きてしまった炭治郎は寝起きでさすがに眠け眼だったものの、不安げな表情を浮かべてわたしを見ている。


「心配しないで、炭治郎。わたしは炭治郎と禰豆子を置いて死んだりしないから」


頭のてっぺんにピョンと跳ねる寝癖を携えた炭治郎に小さく笑って、その頭をさらさらと撫でた。

不安なのはわたしも一緒。
本当は炭治郎と禰豆子から離れたくない。わたしの目の届かないところで何か危険なことが起きてないかと、考え出したら止まらない。

でもこうして鬼殺隊に入り、鬼殺隊として鬼を狩り、そして鬼舞辻を殺すと決めたからには貫き通さなければいけないことだとも思っている。


「…姉さん、俺…すぐ追いつくから。あんまり待たせないように頑張るから、だから待っててくれ!」
「ん。もちろん、待ってるよ」


炭治郎がホッとしたように、やっと笑ってくれた。
つられて緩んだ表情をすぐに引き締めて、わたしは任務に向かう準備のために布団から出た。




ちょっとやそっとのことじゃ破けないという頑丈な鬼殺隊の隊服に初めて袖を通す。
上の服を着終わって次は下を、と思って隊服を手に取って気付いたことがひとつ。


「………短い」


恐らく、太ももの半分までしか隠れないであろうショートパンツを摘んで眺めた。

これが鬼殺隊の女性用隊服なのだと言われてしまったらそれに従うしかないわけだけど、鬼と戦うことを想定すればここまで肌を晒すようなデザインには普通しないような気が…。


「後で、鱗滝さんに聞いてみるか」


支給された隊服はこれしかない。
とりあえずはこれを着なければならないし、上が露出されてないだけマシだと思うことにした。




■ ■ ■




―――カチッ、カチッ。

火打石が二回鳴り、飛び散った火花が綺麗だなんて思いながら切り火をしてくれる鱗滝さんを見る。


「鱗滝さん、炭治郎と禰豆子のこと…本当によろしくお願いします」
「ああ。だが、少しは自分の心配もすることだ。これから先、任務にあたる上で何が起こるか分からんのだからな」


鱗滝さんはそう言って、わたしの頭から爪先まで視線を辿らせるとどこか満足したように深く頷いた。

鱗滝さんがどう思ってるかは分からないけれど、わたしにとって彼はもう大切な人達の中に含まれている。お父さんのようで、お祖父ちゃんのような人。厳しいし怒ったら怖いけれど、でも優しくて温かい人だ。


「月子姉さん、いってらっしゃい」


炭治郎とはもう多くを語り合う必要はなかった。

この子ならきっと乗り越える。最終選別を突破して、禰豆子と一緒に鬼殺隊として戦っていける。炭治郎がわたしを信じてくれたように、わたしもそう信じているから。


「炭治郎、何かあったらすぐに報せを寄越して」
「分かった。でも俺、何もなくても姉さんに手紙をたくさん書くと思うんだ。ずっと一緒にいた姉さんが俺たちの傍からいなくなるのってやっぱり寂しいから…」


そう言って、わたしの着る羽織の袖をキュッと掴んで俯く炭治郎。


「…………鱗滝さん」
「駄目だ。大人しく任務に向かえ」
「まだ何も言ってない……」
「言わんでも分かる」


あんな寂しそうにあんなこと言われて、あんな潤んだ瞳で見つめられたら離れたくもなくなる。
鋼鐵塚さんは炭治郎に姉離れがどうとか言っていたけれど、わたしの方がよっぽど弟・妹離れできていない。

離れたくないなあ、と思いながら炭治郎をぎゅうっと出来るだけ強く抱き締めたら顔と耳を真っ赤にさせてまるで茹蛸のようになっていた。


「竈門月子〜!早ク任務ヘ向カエ〜!迅速ニ向カエ!」


五月蠅い鎹烏に急かされて、名残惜しいことこの上なかったけれど、炭治郎から渋々離れる。


「炭治郎、禰豆子、鱗滝さん。それじゃあ、行ってきます」


笑って言えていたと思う。
どんどん小さくなっていく炭治郎と鱗滝さんを何度も振り返り、その姿が見えなくなったところでしっかりと前を向いた。


「…………」


目を閉じて、思い浮かべるのは愛おしい家族たち。
腰に差した日輪刀に添える手に自然と力が入り、僅かに震えたのが自分でも分かった。

―――鬼舞辻無惨、再び相見えるその時まで頸を洗って待っていろ。お前は、わたしが必ず断罪する。

心の中で吐き捨てて、睨むように空を見上げる。
出立の日は、憎らしいくらいの快晴だった。



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