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刀刃





最終選別の日から十日が経った。
あの時に選んだ玉鋼で造られる日輪刀が出来上がるまでは自宅待機となる。

待機と言われても特段何かすることがあるわけでもなく、ただ身体が鈍るのは嫌だったから素振りをしたり炭治郎の鍛錬に付き添ったりして日々を過ごしていた。


今日もいつものように起床すると既に炭治郎の姿はなく、枕元に置いてあった書き置きには”滝で自主鍛錬してきます”と男子にしてはやけに綺麗な字でそう綴ってあった。


「…炭治郎は頑張り屋だ。ねえ、禰豆子」


隣の布団でよく眠る禰豆子の頭を撫でて、立ち上がる。顔を洗って朝餉を拵え、そのあとはとりあえず薪割りでもしようか。

鱗滝さんの眠る寝間の側を通りかかると、その寝間からイビキが聴こえた。
あの鱗滝さんがイビキかくなんて意外で少し可笑しくて、頬が緩んだ。


しばらくすると鱗滝さんも起きてきて、二人で朝餉を食べて外へ出た。
陽当たりの良い鱗滝さんの家。玄関を出るとすぐに全身が太陽の光に照らされる。

―――…チリ。
強い陽の光のせいなのか。肌が焼けるような…そんな感覚がして頬に手を当てる。

こうして太陽を浴びるといつも思い出すのは、陽光に照らされて灰と化した鬼のこと。
人間か鬼か。不確かな存在であるわたしは、いつあの鬼のように消えてしまうか分からない。


「…月子。どうした」


家の前で立ったまま微動だにしないわたしに、鱗滝さんが声を掛けてくれる。わたしは首を横に振って『何でもない』と小さく呟いた。

鱗滝さんには、この家を出るまでに”そのこと”を話すつもりではいる。
隠していたっていずれ露見するとだろうと思っているし、それに―――きっと鼻のきく鱗滝さんは何か感づいているはず。それは炭治郎も同じ。


「それが何でもない奴のする顔か」
「……っ、」


足音もなくいつの間にか隣まで移動してきた鱗滝さんはそう言って、わたしの頭に大きな手を静かに乗せた。

―――ああ、温かい。
じんわりと熱を持つ胸に手を添えて、鱗滝さんを見上げる。強く握られていた拳はそっと開かれた。


「……必ず、話す。その時は聞いてほしい」


ああ、とだけ短く言った鱗滝さんに”ありがとう”と返事をした声は掠れてしまった。





■ ■ ■





休憩を挟みつつも順調に薪割りをしていると、どこからか鈴が鳴るような音色が聴こえたような気がして手を止める。

―――チリーン、チリーン。
バラつきのあるその音は最初は鈴の音に聴こえたが、音が近付くにつれてそれが鈴ではなく風鈴の音だということに気が付いた。


「……来たか」
「来た、って……」
「月子、おまえの刀だ」


わたしの、刀。
鱗滝さんの言葉を繰り返して、それから風鈴の音が聴こえる方へ目を凝らす。すると、山を登ってくる人の姿が見えた。

その人が被る笠にはいくつもの風鈴がぶら下がっていて、彼が歩を進める度にチリンと鳴る。風鈴ってこんなに綺麗な音を鳴らすのか。
ずっと聴いていたいようなそんな気持ちになって思わず目を閉じそうになっていたら。


「、……ッ?」


唐突に視界いっぱいに映るたひょおとこのお面に驚いて、閉じかけた瞼を思いきり上げた。


「俺は鋼鐵塚。お前の刀を打った者だ」
「……竈門月子です。わざわざ届けていただき、ありがとうございます」


自己紹介をするのにこんなに顔を近付ける必要があっただろうか。
傍に寄ってきた彼からは汗の匂いと火が焦げるような匂いがした。不思議と、臭いとは感じない。

鋼鐡塚と名乗った彼はそのまま地べたに腰を下ろし、背負っていた荷物を解き始めた。
こんな場所ではなくて家の中に入ればいいのに。それならお茶くらい出せた。

鱗滝さんを見たら、彼は大きな溜め息を吐いて『放っておけ』と低く言った。
まあ、わたしとしては出来上がった日輪刀をいち早く見たかったのもあって鋼鐡塚さんのこの行動は願ったり叶ったりなのだが。


「日輪刀の原料である砂鉄と鉱石は太陽に一番近い山で採れる。”猩々緋砂鉄”、”猩々緋鉱石”。陽の光を吸収する鉄だ」


”日輪”刀という名が付くくらいだから太陽が関係しているのだろうとは何となく予想はできたけれど、陽の光を吸収する鉄なんてものがあるなんて知らなかった。


「陽光山は一年中陽が射している山だ。曇らないし雨も降らない」


鬼を斬ることができる日輪刀。
鬼の弱点が太陽の光であることを利用して造られた、鬼を―――鬼舞辻を殺すための武器。
その刀を造るにはやはり特別な場所で採れた特別な材料が必要となるようだ。

随分と丁寧に日輪刀について説明する鋼鐡塚さんの話を相槌を打ちながら聞いていると、彼はピタリと話すのをやめて手に持っていた荷物からわたしへと視線を移動させた。


「……おまえ、変な女だな」
「…何ですか、いきなり」
「俺の話をそうやって一からまともに聞く奴なんざ今までいなかった」
「……何故でしょうね」
「知らん。知らねぇが、悪い気はしねぇ。…刀鍛治についてもっと聞きてぇってんなら―――」


ズイッと再び顔を寄せてきた鋼鐡塚さんの頭を、割ったばかりの薪で殴った鱗滝さん。
鋼鐡塚さんは大声を出して痛いと喚き憤怒して、それを慣れたようにあしらった鱗滝さんは家へ入っていってしまう。


「い、ってーな畜生ッ!あの天狗野郎が!誰が刀打って誰がわざわざこんな山奥まで刀持ってきてやったと思ってんだクソが…!」


最初の寡黙な雰囲気は何処へやら。口悪く恨み言をブツブツと呟く鋼鐡塚さんは、ひょっとこの面との悪い相乗効果でとても怖い。


「お茶、淹れますし家の中へどうぞ」
「………そういや、ここまで歩きっぱなしで腹ァ減ったな」


朝餉なら残ってはいるが、あれをあげるわけにはいかない。自主鍛錬で疲れて帰ってきた炭治郎のためのものだ。

何か家にあったっけ、と考えて…そういえば昨日山を降りて町に出たときにそこで評判だと聞いたみたらし団子を買った。炭治郎が一本は食べたから、あと一本、わたしの分が残っていたはず。


「…………」


食べたかったけれど、致し方ない。団子はいつでも食べられる。わたしは早く刀が見たい。


「…みたらし団子ならありますが」


ピクッと反応した彼の肩。
そしてユラユラと立ち上がると、足取り軽やかに家の中へと入っていった。

みたらし団子ひとつで機嫌が直った…彼は一体齢いくつなのだろうか。



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