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少年乙




―――藤襲山。
今日から七日間ここで行われるのは、鬼殺隊への入隊試験になる最終選別。

女手一つで育ててくれた母親を鬼に殺されたことを起因に、俺は鬼殺隊へ入ることを決めた。

二年間の修行は言葉で言い表せないくらい過酷なものだったが、強くなったと思う。鬼とはまだ遭ったことはないけど、きっと頸を撥ねることは出来る。実力は十分につけてきたはずだ。


「すげえ…藤の花」


藤の花が咲き誇る山の麓に着くと、そこには十数人の同年代くらいの男女が既にいる。
みんな最終選別を受けに来た人たちだ。

その中でも一際、目立つ人がいた。


「狐の、面……?」


お面を被っていて顔は分からないが、後ろに伸びる黒髪は腰まで長いし、身体つきからして女性だと分かる。

彼女は枝垂れて咲く藤の花に手を添えて、ジッとその場から動かない。
よく周りを見てみれば、俺以外にも彼女の姿に視線を奪われている人たちがたくさんいた。

あんな細腕で鬼の頸が斬れるのか……?
この最終選別では合格者が死者を上回ることがないという。人の心配をしている場合かと自分でも思うが、彼女のことがすごく気掛かりだった。




■ ■ ■




合格するためには、鬼の棲まうこの山で七日間生き残ればいい"だけ"。
そんな軽い考えは最終選別が始まってすぐに吹き飛ばされることになった。

昼間はまだいい。問題は、鬼が活動を始める夜だ。
夜になれば一度に何体もの鬼が俺を食べようとまさに鬼の形相で追いかけてくる。

俺は運がよかった。
途中まで共に行動してた一人が目の前で喰い殺され、次に出会った人は死体だった。
刀は抜ける。でも恐怖に支配されて振ることができない。手が震えて、太刀筋が―――。


「ヒャハハッ…!追いついたぜ。逃げ足の速い餌だなおまえェ!」
「っ、ひィ…!」


目の前に現れた、鬼。
口の周りは血だらけで、身体も手も、すべてが真っ赤に染まっている。

こんな恐ろしいバケモノに、敵うわけが……。


「―――諦めるのか」

「……えっ、」


鬼の唸り声に交じって凛とした声が確かに聴こえた。女性の声だった。


「守りたいものは?成し遂げたいことは?…足を止める前に思い出して。刀を握った、その理由を」


刀を握った、理由。
母さんを守れなかった分、これから先、鬼によって脅かされる人たちを一人でも多く助けたい。守りたいと思ったからだ。

そうだ。俺………最終選別が始まってからまだ、何もしていない。
守るためには、助けるためには刀を振るい―――鬼を、滅殺しなければならない。

ギュッと刀を握り直して、地面に座り込んでしまっていた状態から立ち上がり目の前の鬼を見据える。


「…ッ、覚悟しろ!この悪鬼め!!」
「覚悟するのはお前の方だァ!大人しく喰われ、ろ…ッ!?」


鬼の爪が俺に届くよりも、鬼の頸が撥ね飛ぶ方が早かった。
頸と胴体が離れ離れになった鬼は、絶叫しながら身体を灰に変えて消えていく。


「はあっ、はあ……!」


―――斬った。斬れた。
初めて、鬼の頸を斬った。鬼を殺した。

カラン、と刀を地面に落として少し呆然としていたけどハッとして辺りを見渡した。
そして視界に映ったのは、木の幹を背もたれにして佇む狐の面の彼女だった。


「あ、あの…!俺、えっと…さっき、!」
「―――まだ」
「…、え?」
「まだ、いる。鬼がくる」


低く呟くように彼女が言い放つのと同時に、ドスン…ドスン…と何か大きな足音が聞こえてきて。それはどんどんこちらに近付いてくる。


「………は、え?」


足音の正体を見た瞬間、俺の腰は抜けた。

さっきの鬼と比べものにならないくらいの大きな身体。緑色に変色した肌に、上半身に巻き付くいくつもの手。―――これは、異形の鬼だ。


「見つけたァ。その面、お前…鱗滝の弟子だな?」


ニタリ、と目が逆さ月を描いて嗤う。
異形の鬼は俺には目もくれず、隣にいる狐の面の彼女に狙いを定めたようだった。

逃げよう。逃げなきゃ。
いくら何でも刀を握って二年の俺たちじゃ、この鬼は殺せない。立ち向かうこと全てが正しいわけじゃない。きっとそうだ。


「わたしの邪魔をするなら―――頸を撥ねる」


たった一言、そう言って、彼女は狐の面を取って素顔を晒した。

とても端正で綺麗な顔立ち。思わず息を呑んでしまうほどの。
そして何より特徴的だったのが、その双眸。瞳の色が、金色に見えたり…時折、赤く見えたりする不思議な色彩をしていた。


「っ、…うぅ…!な、何者だおまえ…っ、ぐぅ!くそォ…!」


彼女の顔を見た途端、異形の鬼の様子が可笑しくなった。
身体中に見て分かるほどの冷や汗をかき、本人も知らずのうちに一歩ずつ彼女から離れるように後退りをしている。


「邪魔をするなら、斬る」


もう一度、念を押すように彼女は言う。
―――するとどういうことだろうか。異形の鬼は唸りながら、怯えたようにその場から足早に立ち去っていったのだ。


「い、一体何が……ってあれ?」


気付いたら、狐の面の彼女もこの場からいなくなっていた。

鬼が人間相手に怯えて逃げるなんてこと、あり得るのだろうか。…目の前でその光景を見たのだからあり得ないことじゃないんだろうけど、でも変だ。

彼女に対しての疑問は尽きないが、彼女のあの時の言葉があったから俺は鬼を斬ることができたことは事実。…そしてそのおかげもあって、俺は最終選別を生き残ることができたのだった。



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