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一月後




太陽が昇る数刻前。

わたしは、池と呼ぶには小さくて水溜まりにしては大きな泉に足を浸して青と黄色が入り混じった空を見上げた。


「相変わらず水遊び好きだね」
「風邪をひきたいのか、阿呆」


背後から聞こえた2つの声に返事はせず、わたしはちゃぷちゃぷと水面に足を遊ばせる。


「明日、最終選別に行く。型を全て見てもらって、鱗滝さんが許可をくれたから」

「……うん」
「…………」


振り返った先にいるのは、宍色の髪と顔の傷跡が特徴的な男―――錆兎。
翡翠の綺麗な瞳と小柄な身体の少女―――真菰。

氷の呼吸の型を習得をするという条件を果たすためにわたしは一ヶ月前この泉へ訪れ、そして此処で彼らと出会った。

錆兎と真菰。この二人が既に亡くなっていることは知っている。幽霊というよりも魂。彼らの強い“想い”が彼らをこの場所に留めているのだろう。


「ありがとう。錆兎と真菰がいなければ、」
「礼なんか言わなくていい。全てはお前の力だ、月子。お前なら、きっと俺たちがいなくても型を習得できたはずだ」


錆兎はぶっきらぼうにそう言うが、わたしは首を振る。

何が正しいのか分からない手探りの中。
彼らが傍にいて色々と助言をくれたおかげで、氷の呼吸の型を六つも習得することができた。
これは紛うことなき事実だ。


「ふふ。錆兎、出会って三日で月子に負けたのまだ根に持ってるの?」
「そっ、そんなわけないだろう…!」


この一ヶ月の間、こうして軽口を叩き合う二人を見る度に家族を思い出した。
その度にわたしの中に渦巻く憎悪は大きくなり。
そんな黒い感情をも糧にして、わたしはこの一ヶ月ひたすらに刀を振っていた。


「でも月子なら、最終選別生き残れるよ。これから先、鬼をいっぱい倒してくれると思う」
「…油断は禁物だからな。俺や真菰が言えたことじゃないが、常に冷静に物事を見て考えろ」


腰に下げた鱗滝さんからの借り物である日輪刀の柄をギュッと強く握る。

真菰の言うように、鬼殺隊に入れば任務を言い渡され鬼を狩ることになる。きっと、たくさん。

だけどわたしの中で、“鬼”は“悪”ではない。
炭治郎と共に鱗滝さんから家族を殺した鬼の話を聞かされた時から、わたしにとっての“悪”とは―――鬼舞辻無惨ただ一人なのだ。

鬼舞辻を再び目の前にして相見えた時わたしは果たして、錆兎の言うように冷静に物事を考えて行動できるのか。……分からない。


「……憎しみや怒りが強さの原動力になることは確かだ。だが、己を見失うなよ。その腕っぷしの強さと同じくらい心も強くあることだ、月子」


いつの間にか目の前まで近付いてきていた錆兎がそう言い放ち、口端を僅かに上げて笑む。

感情に支配されて己を見失うことなく、冷静さも失わない。心身共に強くあること。
わたしの中の懸念を分かっていたかのような錆兎の言葉は、痛いくらいにわたしの中に刻まれた。


「そろそろ、戻る」


水から足を上げて履物に足を乗せて立ち、錆兎と真菰の手を握った。
もしかしたら触れられないかもしれないと思ったけれど、それは冷たくも触れることができてわたしはホッと息をつく。


「…錆兎、真菰。わたしの弟、炭治郎という子が鱗滝さんの弟子として今頑張ってる。もし二人が炭治郎を見かけて、あの子が行き詰まったりしたら…どうか導いてあげてほしい」


今はまだ基本的なことから学び始めている炭治郎だけれど、鱗滝さんから水の呼吸を教わる時がいずれ来る。
錆兎も真菰も水の呼吸を使う。そんな二人と出会えればきっと、炭治郎が学べることもたくさんあるはずだ。


「ふん。意思が弱かったりすぐ弱音を吐くような男であれば願い下げだけどな」
「大丈夫。炭治郎は人一倍頑張り屋さんで努力家で我慢強い心優しい良い子だから」
「わあー…ベタ褒めだ。月子すごく溺愛してるんだね、その弟のこと」


傷付けようとする者はたとえ人間でも斬る。それくらい大切。弟妹のことは。
そう伝えたら、錆兎は顔を引き攣らせて真菰には苦笑された。何か変なことでも言っただろうか。

そう思って、首を傾げた時。


「……………」


昇り始めた太陽の光が背の高い木々の間から射し込んで、とても眩しくて目を細める。
そして視界がクリアになった時には、錆兎と真菰の姿は消えていた。


『頑張ってね、月子』
『…無理はするなよ』


頭に直接響くような二人の声に、小さな声で、でもハッキリと返事をして。
わたしは家へと戻るために歩き出したのだった。



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