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立志




狭霧山の鱗滝さんの家に着いた時、既に太陽は沈み青白い月が顔を出していた。


太陽―――と考えて、思う。
わたしは確かにあの時、あの男に『鬼にしてやる』と言われて首に血を流し込まれた。

そのはずなのに、どうして禰豆子のようにならないのか。何故、太陽の下を歩ける。何故、人の血肉を求めない。

考えても訳の分からないことだらけだったが、目に見えて変わった部分もある。
傷の治りが異常に速いこと。それから運動能力も異常なほど高くなっているいうことも。


「一体………」


わたしの身体に何が起きているというの。
心の中で呟いて、スヤスヤと寝息を立てて眠る禰豆子の頭を撫でる。

この家に戻ってきてすぐ、鱗滝さんは息も絶え絶えな炭治郎を鬼畜にもすぐに連れ出し『試すのは今からだ』と夜の山へと出掛けていってしまった。

今から山に登ると鱗滝さんに告げられた時の炭治郎は絶望の表情を浮かべてはいたものの、その瞳から強い輝きを失うことはなかった。

いくら何でも可哀想じゃないか、と口を挟もうとしたけれどグッと堪えた。
ここでわたしが炭治郎を甘やかしてしまうのは、鱗滝さんの言っていたように”為にならない”し炭治郎もそれを期待してなどいないはずだから。





■ ■ ■





「鱗滝さん」


炭治郎を山に置いて家に戻ってきた鱗滝さんを呼べば、禰豆子を布団に寝かせた部屋から出て囲炉裏を挟んだわたしの向かいにゆっくりと腰を下ろした。


「鬼殺隊と、鬼について詳しく教えてほしい」


わたしがこれから成すべきこと。
それは言わずもがな、炭治郎と禰豆子を守ること。
そして、家族の仇であるあの鬼を殺すこと。

その為には少なくとも、今からわたしが入ることになるだろう鬼殺隊という組織と鬼殺の対象である鬼については知っておかねばならない。


「鬼殺隊とは…人喰い鬼狩る力を有した剣士、そしてその剣士を支える者たちが集まった政府非公認の組織だ」
「政府非公認…」
「人喰い鬼の存在を信じている者は少ない。故に、政府の人間にいくら鬼の存在を証言しようとも刀を持ち歩く正当な理由にはなり得ない」


炭治郎と禰豆子が相手にしていたあの鬼は、陽の光に当たると即座に身体が燃えて灰になり消えた。
鬼の弱点が陽の光なのであれば、鬼は夜にしか表に出て活動できないということ。

つまりは、人攫いや人殺しも多いこの物騒な時代。
陽の落ちた夜に、人間のひとりやふたり行方不明になったり死んだからといってわざわざそれが人喰い鬼の仕業だと考える人はまずそういないだろう。


「鬼殺隊に入るには具体的にどうすれば?」
「藤襲山という山で行われる最終選別を生き残る事で、正式に隊士となれる。最終選別では十数匹の鬼が囚われた藤の花の結界内で七日七晩生き残らなければならない」


鬼のいる山で七日間生き延びる。

これだけ聞けば簡単なようにも思えるが、七日もの期間を鬼にいつ襲われるか分からない状況下の中で過ごすことは精神的にも肉体的にもかなりの苦痛が伴うはず。


「…きっとそこでは、たくさんの人が死ぬ」
「…………」
「ただ、わたしは死ぬつもりはない」


鱗滝さんは腕組みを解いてすくりと立ち上がり、わたしが勝手に借りていた刀を持ってわたしに差し出した。


「月子、お前のその身体能力と戦闘能力…...一ヶ月後に控えている最終選別に挑む実力は既にあるとわしは判断している」
「……はい」
「だが、最終選別に行く条件がある。…氷の呼吸を使いこなし、型を習得することだ。これが一ヶ月の間にできなければ、最終選別へ行くことを許すことはできん」


やはり彼にはバレていた。
わたしがただ闇雲に氷の呼吸を使っていたこと。

確かに、自分が使っている呼吸法を使いこなすことができない奴に最終選別で死ぬつもりはないなどと吐き散らかされても鱗滝さんがそれを信用できるはずもない。


「わしは水の呼吸を使う。水の呼吸は基本的に十の型まである。お前の弟が夜明けまでに此処へ戻ることができたなら、覚悟を認め、彼奴には水の呼吸を叩き込むつもりだ」


水の呼吸。わたしが使うのは氷の呼吸。
似てるようで、きっと違う。お父さんから、呼吸法には色々あるとは聞いていたけれど一体どれだけの数の呼吸法が存在するのだろうか。

他にも、わたしと同じ呼吸法を使う人が?


「しかし、氷の呼吸については分からん。…というのも、氷の呼吸という呼吸法を扱う者を今だかつて見たことも人伝に聞いたこともないからだ」


鱗滝さんから渡された刀を思わず落としてしまいそうになった。

氷の呼吸を扱う人が他にいない。鱗滝さんが目の当たりにしたのは今、わたしが初めて。…つまりは、わたしは誰かから氷の呼吸の型を学ぶということが実質、不可能ということ。


「すまんが、呼吸に関してわしが教えてやれることはない。だが、条件を変えるつもりはない」


―――この一ヶ月で、出来る限りを尽くせ。

鱗滝さんの有無を言わせない声音と力強い言葉に、何故か『お前ならできる』と激励された気がした。


「…必ず、やり遂げてみせる」


きっと最終選別は一ヶ月後に行われるもので最後なわけはなく、その後もこの世に鬼が存在する限り幾度となく行われていくものなのだろう。

だけど、一ヶ月で間に合わなかったならば次の最終選別に間に合うようにすればいい、なんて甘ったれたことを考えるつもりは無い。

わたしは炭治郎と禰豆子を守るためにも、あの子達の一歩も二歩も先を進まなければならない。少なくとも、わたしと一緒に歩いていきたいと言ってくれた炭治郎がわたしに追いつくまでは。

そして一刻も早く、仇の手掛かりを見つけたい。


「……お前の家族を襲った鬼については、また後で話す。弟も共にだ」


鱗滝さんがそう言った後、ガラガラと戸が開く音がして、そちらを見るとボロボロで傷だらけの炭治郎がいた。どう見ても満身創痍なのが分かる。


「っはぁ、はぁ…ッ。も、戻りま、した…」


息も絶え絶えに掠れた声でそう言い、その場に倒れ込むようにして項垂れた炭治郎にすぐ駆け寄った。
炭治郎は気を失っていて、ここまで戻ってくるのにどれだけ過酷だったかがその様子で伝わってくる。

これが炭治郎の覚悟なのだと分かっていても、これだけの怪我を負った弟を見るのは心臓に悪い。


「竈門炭治郎、お前を認める」


鱗滝さんの言葉に、炭治郎を支える腕が震えた。

―――ああ、もう後には戻れない。
そんな、始まりの音がした。



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