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償ヒ




「だから、炭治郎は鬼殺の剣士にはならない」
「……何故お前が決める」
「炭治郎も禰豆子もこれからはわたしが守っていく。炭治郎が刀を振るう必要はない」
「月子、おまえはさっき家族の仇を討つためなら鬼殺の剣士になると言ったな。鬼殺隊に入れば鬼を滅するという任務のため、様々な地へと向かわねばならない」
「…………」
「弟と鬼である妹を、傍にいないお前がどう守る」
「…だったら、鬼殺隊などに入らなければいいだけ。炭治郎と禰豆子から離れず、ずっと傍にいる。家族の仇も、わたしが討つ」


家の中で亡くなっていた人たちを埋葬し、禰豆子を籠の中に入れて出立しようとしたのだが。
もうかれこれ十分以上も同じような内容の会話を繰り広げている。

話にならん、と鱗滝は大きな溜め息と共に大袈裟に肩を竦めた。

その様子を、最初はあわあわと戸惑いながら聞いていた炭治郎だったが、自分を剣士にはさせないと断固として譲らない姉の月子から”ある匂い”を感じ取る。


「―――姉さん、何で全部ひとりで背負おうとするんだ?」
「…ッ、炭治郎」
「何で、全部自分のせいでって…。姉さんからは、深く悲しい後悔の匂いがする」


月子は黄金の瞳を見開いた。

―――全部背負うよ。背負わせてほしい。背負わなければいけない。

何のために父から戦い方を教わった。何のために呼吸を使えるようになった。
血の繋がりのない余所者の自分を本当の家族のように愛してくれた人達を守るんだと、心に誓ったからじゃないか。

骨が折れたとかそういう次元じゃない。
…守るべきはずだった人達は、死んでしまったのだ。取り返しがつかない。

遺された炭治郎と禰豆子は必ず守る。常に危険と隣り合わせな鬼斬りになんてさせない。それが、誓いを違えてしまった自分のせめてもの償い―――。


「…姉さん。月子姉さん」


震える月子の手を、かさついて傷だらけの炭治郎の手がそっと包み込む。
月子はグッと下唇を噛んで堪えた。そのあたたかさに、泣いてしまいそうで。


「俺たちは、家族だよ。月子姉さんが一人で苦しんだり、悲しんだり、背負ったりする必要なんてないんだ。母ちゃん達は死んでしまったけど……でも、俺と禰豆子が居る」
「………っ、」
「苦しみも悲しみも全部、俺と禰豆子と月子姉さんで分け合っていけば…きっとどんなことも俺たちは乗り越えられる」


炭治郎が背負う籠の中からはカリカリと引っ掻くような音と、まるで炭治郎の言葉に賛同するかのように『むー!』と何度も唸る禰豆子の声が聞こえる。


「俺は、姉さんと一緒に歩いていきたい。この先もずっと。俺も禰豆子と姉さんを守りたい。…そのために、強くなりたいんだ」


姉が、ひとりで抱え込んで生きていこうとしているのが寂しかった。

守られるだけは嫌だった。家族を殺し、禰豆子を鬼にした奴は憎い。姉がそいつを討つためにも鬼斬りの道を進むというならば、共に刃を振るいたい。


「―――月子姉さん、大好きだ」


微笑んでそう言う炭治郎。ポロリ、と月子の瞳から涙が零れ落ちた。

そして炭治郎に思いきり抱き着き、何度も『ごめん』を繰り返す。そんな月子に、炭治郎は少し怒ったような口調で『もう謝らないでくれ』と言いながら彼女を抱き締め返した。


「むーっ…!」
「あ、こら禰豆子!日向に出てきたらダメじゃないか…!」
「禰豆子!」


耐え切れず籠から顔を出してそのまま身体までも出そうとする禰豆子に焦って、炭治郎は再び建物の中へと駆け込む。

そのあとを追って月子も中へ入れば、籠から出てきた禰豆子が月子をギュッと抱き締めたのだ。



鱗滝はその様子をじっと見つめながら、この子達を自分に託してきた義勇を思い出す。

『この者たちは、何か違う』

そう語っていた義勇の目に、狂いはなかったのだろうと。そう思わざるを得ないその”何か”を見たような気がした。




■ ■ ■




炭治郎はわたしが思っていたよりもずっと、根性があって…そして心がとても強い子だった。

狭霧山へと向かう鱗滝さんの足の速さに、禰豆子を背負いながら必死に食らいついている。
荒くて速い、そして浅く短い呼吸が後ろを走る炭治郎から止めどなく聞こえてきてわたしは何度も足を止めそうになった。


「…鱗滝さん。やはり禰豆子はわたしが、」
「甘やかすな。あいつの為にならん」
「うっ……、炭治郎…頑張れ」


せめてこの道中、水分を少しでも摂らせてあげたい。何ならわたしが禰豆子ごと炭治郎をおぶって運んで行ってやりたい。

だけど、炭治郎はさっき言ってくれた。
わたしと禰豆子を守るために、強くなりたいと。
そしてその想いを汲み取ってくれた鱗滝さんは、炭治郎が鬼殺の剣士に相応しいか試す、とこうしてわざと過酷な状況を炭治郎に強いている。


「……はっ、はぁ」


鱗滝さんのすぐ後ろにぴったりとついて足を動かしながら、少しだけ荒くなってきた呼吸を整える。

炭治郎の想いはわたしの心に響いた。
あんな言葉を聞いて、嬉しくないわけがない。
胸が打ち震えて、感情が溢れて、炭治郎と禰豆子をどうしようもなく愛おしく思った。

だけど、やっぱり…炭治郎が鬼殺隊に入ることにわたしは賛成しかねるというか。


「っ、はぁ…!俺は長男だから頑張れる!こんなところで挫けるな!頑張れ炭治郎!!強くなって禰豆子と月子姉さんを守るんだ…!!」


自分で自分を叱咤激励する炭治郎の声が聞こえる。

その様子に、また泣いてしまいそうになった。
―――そして気付く。

炭治郎がこれだけ頑張っている。これから頑張ろうとしている。わたしの気持ちはただのエゴで、炭治郎のその覚悟と想いを無碍にしてしまうものだ。


「…一緒に頑張ろう。炭治郎、禰豆子」


わたしも今よりもっと強くなる。
大切な人達を守るため、大切な人達と共に戦うため。そして必ず―――あいつを殺すために。



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