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覚悟




覚醒した時にまず聴こえてきたのは、初めて聞く男の人の静かな怒号だった。

生殺与奪の権を他人に握らせるな。
弱者は強者に力で捻じ伏せられるのみ。
何故、家族は殺されたのか。

―――わたしが、あいつに生殺与奪の権を握らせてしまう弱者だったから。
分かってる。自分が一番よく分かってるんだ。

そして、家族を守る守ると口ばかり達者になって、むざむざと家族が殺されるまで何も出来ずにいた自分自身のことが一番嫌いで憎い。


「禰豆子…っ!!」
「………ぁ、」


意識せずに両目から涙が零れる。
身体中痛くて呼吸もしづらくて満身創痍なはずなのに、嬉しくて仕方がない。

妹の名前を呼んだ、炭治郎の声。
炭治郎が禰豆子を呼んだのだから、きっとわたしがあの時に見た禰豆子にはまだ息があったんだ。

家族みんないなくなってしまったわけじゃなかった。弟が、妹が生きていた。
―――絶望していたわたしの、生きる希望たち。


「あああー…ッ!」


炭治郎の叫びが聞こえてハッと顔を上げる。
見知らぬ男に禰豆子が刺されていて、炭治郎も刀で殴られて気絶させられていた。

カッと頭に血が昇って、全身の血が沸き立つ。
目の前で、家族を傷付けられた怒りでどうにかなりそうだった。―――もう誰にも、奪わせない。


「…、炭治郎!禰豆子!」


禰豆子が気絶した炭治郎を庇うように立ったのが見えた。それならばわたしは、この男を。


「わたしの、家族は…殺させない」
「……ッ、!?」


男の右手を蹴り飛ばし刀を手放させ、襟首を掴んでそのまま地面に叩きつけ馬乗りになった。
宙に投げ出された男の刀を、押さえつけている方とは逆の手でしっかりと受け取り、その切っ先を男の喉元へと突き付ける。

弱いから奪われた。守れなかった。
それならわたしはもう二度と大切なものを奪われないために、誰にも負けないくらい強くなる。

この男ひとり倒せず、あの鬼≠殺すことなんかできやしないのだから。


「…鬼が、人間を守ってるのか」


わたしが組み敷く男は、炭治郎を気遣うようにその身体を心配そうに撫でる禰豆子を見て呟いた。

―――禰豆子は鬼になってしまった。
男の言葉と改めて見た禰豆子の様子から、それは紛れもない事実なのだと分かる。

あの鬼の男。あいつはわたしに自分の血を分けて鬼にしてやる≠ニそう言い、わたしの首に指を突き刺して何かを施していたのは確かだ。
あいつは、禰豆子にも同じことをしたのか。だから禰豆子は鬼になり、あれほどの傷を負っていても死なずにいれた…。

では、わたしは―――わたしも、鬼に?


「…これ以上、危害を加えるつもりはない」


かかった声に思考が途切れる。
下の男を見下ろせば、彼は仄暗い青色の瞳で真っ直ぐこっちを見ていて。刀を向けられているとは思えないほど落ち着き払っていた。


「危害を加えない証拠がない。現にあなたは禰豆子を刺し、炭治郎を気絶させただろう」
「…お前は俺より強い。今、俺の生殺与奪の権はお前の手中にある。抵抗はしない。俺を殺すなら殺せばいい。だが―――」


彼はまた視線を禰豆子へ向ける。


「あの鬼は飢餓状態だ。驚くことに、人間を目の前にしても自我を失わず人を喰おうとはしないようだが…それも時間の問題」


禰豆子を見れば、目を真っ赤に血走らせて牙は剥き出しの状態。口から涎をポタポタと垂らしながらも、己の両手をグッと握り込んで必死に飢餓を堪えていた。

あのままでは禰豆子が可哀想だ。
わたしは男の上から身体を退かして、刀を雪の上に放り投げると禰豆子に近付く。


「…禰豆子、こっちおいで」
「ううー…っ」


目をギュッと瞑って低く唸った禰豆子は、両手を広げたわたしの腕の中に勢いよく飛び込んできた。
胸の辺りで荒い呼吸音が聞こえる。わたしの着物を握る禰豆子の力は恐ろしいほどに強い。


「少し眠ろう。…おやすみ、禰豆子」


それから、お母さんがよく歌ってくれた子守唄を小さく歌って聞かせたら禰豆子の呼吸は落ち着ついてスヤスヤと穏やかに眠り込んだ。

ふう、と息を吐いたら次に吸い込んだ空気が凍てつくほど冷たくて肺に入った途端に噎せてしまった。


「ごほっ…う、く…ぅ」


ゆっくりと、禰豆子を抱きかかえて炭治郎の隣に寝させてその近くに自分も腰を下ろす。
あの男は、地面に落ちている自分の刀を拾ってキンと鞘にその刃を納めていた。

もう危害を加えないと言ってたのは信じていいらしい。


「…お前たちは、この山を少し登ったところにある家で惨殺されていた者たちの家族で間違いないな?」


コクリ、と頷いた。
そして次はわたしが問う。―――あなたは何者だと。


「俺は冨岡義勇。鬼を斬る仕事をしている。この場所へ来たのは任務のためだ」
「………そう」
「あの家から少し離れたところに倒れているお前を見つけ、手遅れだと思ったがまだ息があった。お前を抱えて町へと下りる途中、この少年と鬼に遭遇した」


随分と丁寧に説明してくれるな、と思った。
そしてこの人が悪い人ではないことも分かった。少なくとも、わたしを助けてくれようとしていたのだから。


「…怪我は、大丈夫なのか」


今もこうしてわたしの身体を心配してくれている。

小さく頷いて、それから思う。どうして大丈夫なのだろうか、と。
あの男にあれだけ痛めつけられて、気を失う前はただ呼吸するだけで身体の外も中もすべて痛くて、血だってあんなにたくさん吐いていたはずなのに。


「…あの少年にも言ったが、一度鬼になった者は人間には戻れない。次また飢餓状態になった時…今回のように人を喰わずにいられる保証はない」
「そうなったら禰豆子を殺して、わたしも死ぬ」
「………っ、」

「禰豆子は負けない。飢餓状態にあっても、炭次郎を守った禰豆子を―――信じてる」


鬼を斬る仕事をしているという彼にいくらわたしがそう言ったところで、ただの戯言だと思われるのだろう。でも、それでもいい。


「わたしは、家族を殺したあいつを必ず殺す。わたしに残された生きる希望(弟と妹)は、命に代えても守る。もう誰にも奪わせないために、強くなる」


自分に言い聞かせるようにハッキリと言い放ち、それから目の前の彼を見上げた。
わたしの意志は誰に何を言われても曲げない、曲げられない。

彼は常に無表情に見えたが、驚いたように目を見開いてわたしを見る。
仄暗い海の底のような瞳は、こうして見つめてみるととても綺麗な色していた。

バッとわたしからすごい速さで顔を逸らした彼は、自分の着ていた羽織を脱ぐとふわりとわたしに掛けてくれる。


「先程も言ったように、俺はこれ以上危害を加えるつもりはない。…お前たちが、家族を殺した鬼を憎み滅したいと強くなりたいと思っているならば、」


彼の言葉は最後まで聞き取れなかった。
閉じていく瞼と遠のく意識に抗えず、わたしの視界は暗転してしまったのだった。



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