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幸福



わたしが拾われてから、何年もの月日が経った。


「姉さん、おはよう。ご飯できてるから顔洗ってきたら?」
「……うん。おはよ。そうする」


わたしは15歳になり、2つ年下の炭治郎はまだ13歳だというのに物凄くしっかりしている。
俺は長男だから、というのが口癖でとにかく我慢強いし面倒見の良い子だ。


「炭治郎、ありがとう。いいこいいこ」


姉として何が出来るかと考えた時、しっかり者の彼が甘えられる存在になれないかと思った。
だからわたしはよく炭治郎を褒めるし、甘やかすし、こうやって頭を撫でる。

たまに他の弟と妹たちから炭治郎だけズルいと怒られるけど、その時は全員を抱き締めて撫でてあげるんだ。
家族にそうしてもらえると幸せな気持ちになれるって、わたしもお母さんとお父さんに教えてもらったから。

大人しく頭を撫でられている炭治郎は、少し気恥しいのか頬に赤みがさしているけど顔はふにゃりと破顔していて嬉しそう。相変わらず、可愛い弟。


「あー!また兄ちゃんだけなでてもらってるー!」
「ずるいずるい!花子もお姉ちゃんになでなでしてほしいもん!」
「ねえね、なでて!」


竹雄、花子、六太が叫びながらわたしの下半身がまだ潜っている布団にダイブしてくる。

贔屓だなんてとんでもない。
わたしにとっては全員、可愛くて愛おしくて堪らない家族に変わりはないのだ。

ダイブしてきた三人を掛け布団ごとぎゅっと抱き締めて、ケタケタと楽しげに笑う弟妹たちを見て今日も幸せを噛み締めた。




朝起きて間もなく、わたしと禰豆子はいつものように半年前に病気で亡くなってしまったお父さんのお墓へと足を運ぶ。


「…………」


手を合わせて数分。
わたしはいつも父のことを思い出すのだ。





炭治郎が5歳で禰豆子が4歳。
そしてわたしが7歳の真冬に、お父さんに連れられて夜に外へ出たことがある。

肌を突き刺すような寒さの中、お父さんは手に1本の斧だけを持っていて。最近村や山に出没するという人喰い熊を狩りに行くと静かに言った。

お父さんのひ弱そうな外見を見れば誰もが何を無謀なことをと嘲笑うだろう。
でもわたしは知っている。お父さんはとても強い。


「怖いか?月子」
「ううん、全然」
「…そうか。月子は強い子だな」


頭を撫でてくれるお父さん。

強いというか神経が図太いというか。
わたしは普通の人よりも感情というものが乏しく、感覚というものがズレているのかもしれない。

口の周りを血だらけにさせた大きな熊を目の前にした時に、それを自覚した。せざるを得なかった。


「…こわくない」


思わず呟くほど、熊に何の怖さも感じない。
それはお父さんが隣にいる安心感ならなのか、はたまた別の何かなのか分からなかった。

お父さんが、熊の全てを見透しているような動きをしてその巨体の首を撥ね飛ばして地面に降り立つ。
熊一匹を殺したというのに、辺りは異様なほど静かで熊除けの鈴が小さく鳴っているだけだった。


「ちゃんと見ていたか?」
「うん、見てた。…わたしも、お父さんみたいに強くなる。わたしの家族を守るために」


首と胴体が離れて転がっているだけの熊の肉塊をボーッと眺めながら、そう答えた。




それからわたしはよく体調を崩すお父さんの看病をする時とかにお父さんをよく観察したりして、その強さの起因を探りながら日々を過ごしていった。

お父さんは呼吸が大事だと言う。
呼吸をする方法なんて誰かに教わることもなく生まれた時から皆できているものなのに、お父さんの呼吸と何が違うのだろう。

頭の中が透明になると透き通る世界≠ェ見え始めて、それはお父さんが力の限りもがいて苦しんだからこそ届いた領域なのだとも言っていた。
炭治郎もそれを一緒に聞いていた。

お父さんが辿り着いたというその領域。
そこにわたしもいきたくて、いっぱい考えて、色んな呼吸法を試して、暇さえあれば山を下りたり登ったりして強くなるにはとにかく身体を鍛えないととわたしは我武者羅になった。

お父さんも体調が良い時にわたしに付き添ってくれて、たくさん色々なことを教えてくれたのだ。



それから3年後、お父さんは帰らぬ人となった。


『炭治郎、月子。ヒノカミ神楽とこの耳飾りだけは、途切れず継承させていってくれ。約束なんだ』


そう言ったお父さんから渡された花札のような耳飾りは今、わたしと炭治郎の片耳にひとつずつ着けられている。

家族を守れるように強くなろう、と長男と長女の炭治郎とわたしはお互いに約束した。







「姉さん、この花とっても良い香りがする」
「お母さんみたいに花には詳しくないからその花の名前は分からないけれど…きっとお父さんも気に入る」


手を合わせ終えた後、禰豆子と一緒に摘んできたたくさんの白い花を墓に供える。

朝起きてご飯を食べた後、この場所へ来るのがわたしの日課で。それに禰豆子もついてくるようになったのは半年前くらいからだったか。

お父さんからはもっとたくさんのことを学びたかった、お父さんともっとお話したかった。
お父さんともっと一緒にいたかった。大好きだった。ううん、今でも大好きだ。

わたしを拾ってくれてありがとう。
わたしに愛を教えてくれてありがとう。


「…姉さん?泣いてるの?」
「いや…泣かないよ、わたしは。さあ、家へ帰ろう。炭治郎だけに働かせるわけにはいかない」


手を合わせ終わったわたしの手をそのまま禰豆子がギュッと握る。


「お家だといつも、六太や茂や花子たちに姉さん取られちゃうから…。二人だけの今くらい私も甘えたくて!」


禰豆子は少しだけ頬を赤く染めて恥ずかしそうに笑ってそう言った。

可愛くて仕方なくなって、でもそれを口に出して言うのはわたしが恥ずかしいから繋がれた手と違う方の手で禰豆子の頭をゆっくり撫でる。

わたしは今、とても幸せだった。



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