転生 二度目の人生だ、と自身が上げた産声を聴きながら思った。 前の人生は酷かった。 人からの妬みとか嫉みとか、恨みとか憎しみとか。そういった全ての負の感情を向けられて、縋るものが何も無くて、我慢できずに自分からその人生から逃げ出してしまったんだけど。 前世の記憶そのまま持って生まれ変わることなんてあるんだなぁ、とぼんやり考えながら母親と思われる女の人の腕に抱かれてただ鳴いた。 今回は良い人生になるといい、なんて思ったわたしが馬鹿でした。そんな上手くいかないもんだ、人生って。 前世で学んだつもりだったけど、まさか二度目の人生でも親に捨てられるとは思わなかったから。 「育てる金がない」 「捨てるか、売るか」 「こんな産まれたばかりの赤子は金にならん」 「捨てよう」 ごめんね、と。 思ってもいないだろう言葉を最後に、わたしの身体は布越しでも冷たく感じる土の上に置かれた。 どういう感情になったらいいのだろう。 わたしは誰を憎んで誰を恨めばいい? 泣きたくもないのに、自分の意と反して赤子であるわたしはビービー泣き始める。 このまま狼や熊にでも喰われて死んで、それからまた次の…いや。もう生まれ変わらなくていいや。こんな思いを二度も三度もするくらいなら、ずっと死んでいたい。 「……………」 ふと、月明かりに影がさす。 なんだろうと思ってゆっくりと目を開けたら、知らない男の人がわたしを覗き込んでいた。 不思議と怖いと感じなかった。 だって彼は、今までわたしが向けられたこともないほど穏やかな表情をしていたから。 ―――助けて、助けて。お願い。死にたくない。 死にたいと思っていたわたしの気持ちが、彼を見た瞬間に揺らぎ出す。 「あー、う。あー…!」 彼に向けて必死に両手を伸ばして、一生懸命に言葉にならない声を伝える。 わたしの瞳からはとめどなく涙が溢れ続けていた。 「…おいで。良い子だ」 表情と同じ、優しい声でそう言ってわたしを抱き上げたその人。 どうしてだろう。 わたしを産んだ人の腕に抱かれた時には感じることのなかった温かさが、身体中を包み込んでいく。 見上げた彼の耳には花札のような耳飾りと、月明かりに照らされて浮かび上がる痣が額にあった。 「今日は…月が綺麗だな」 そう呟く彼を、後にお父さん≠ニ呼ぶことになるなんてこの時のわたしは夢にも思っていなかった。 わたしを拾ってくれたのは、とある夫婦。 竈門炭十郎さんとその奥さんである葵枝さん。 炭十郎さんに抱きかかえられたわたしを見た葵枝さんの表情は忘れられない。 だってあんなに慈愛に満ちた聖母のような微笑みは、実の親であるはずの人達からですら向けられたことのないものだったから。 血の繋がりなどないただの捨て子のわたしに、彼らは月子≠ニいう名を与えて…それはもう実の娘のように育ててくれたのだ。 なんて優しい人達。いや、優しいなんて言葉では言い表せない。それくらい、彼らはわたしに愛情≠注いでくれた。 彼らに拾われて二年の月日が経ち。 葵枝さんのお腹が日に日にぽっこりと膨らんでいることに気が付いた。 「…………」 洗濯物を終えて縁側に腰をかける葵枝さんの傍に寄り、そのお腹にゆっくりと手を添える。 「あら、月子。気付いた?ふふ。もうすぐで貴女はお姉ちゃんになるのよ」 やっぱり、葵枝さんは妊娠していた。 わたしが姉になる。そう思った瞬間、何とも言い表せない感情が巡って胸を熱くさせる。 お父さん、お母さん、そして姉弟。 紛れもなくそれは家族で、そしてわたしがその一員であるということを葵枝さんの言葉で実感できてしまったから。なんて、幸せなことなんだろう。 「っお、かあさん……」 「ッ、月子!」 捨て子のわたしが彼らを親と呼んでいいのかと、いつも葛藤して結局呼ぶことができずにいた。 お母さん、ととても小さな声だったけれどきちんと聴こえていたらしい葵枝さんは瞳に涙を溜めてくしゃりと笑い、それからわたしを抱き締めた。 温かい。お母さん、お日様の匂いがする。 「愛してるわ、月子」 「…わたしも。だいすき」 初めて、自然と笑みが零れたような気がする。 そしたらお母さんはまた、痛いくらいにぎゅーって抱き締めてくれた。 そのあと、炭売りから帰ってきた炭十郎さんに少し緊張しながらお父さん≠チて呼んでみたら。 彼もお母さんと同じように破顔して、わたしを抱き上げてそれから高い高いしてくれた。…ちょっと怖かった。 それから三ヶ月が経ち、弟が生まれた。 赤っぽい色の瞳で真ん丸で、髪の毛も瞳の色と同じように赤みがかってお父さんそっくりの弟。 名前は炭治郎。 目が合うとキラキラと目を輝かせてニパッと笑う炭治郎が可愛くて仕方がなかった。 だけど、どう接していいのか分からずにあまり遊んであげられなくて…構ってあげられなくて。 何かしてあげられないかと、前の人生の時にわたしが好きだった歌を口遊み程度に歌ってあげた気に入ったようで、そんな不束な姉であっても炭治郎はわたしにとても懐いてくれたのが嬉しかったのを覚えている。 |