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異常




―――煉獄杏寿郎は目の前の人物が本当にあの竈門月子なのかと信じられずにいた。


■ ■ ■


那田蜘蛛山を巣にしていた下弦の鬼により大勢の隊士が命を落とし、柱である冨岡と胡蝶が後を追って派遣されたことは鎹鴉より耳にしていた。

自分の任務を終えて一度家へと帰ろうと歩いていた道中で、柱合会議を行うために至急本部へと集合せよというお達しがきたのだ。
実に半年ぶりの柱合会議に驚きながらも足早に本部である産屋敷の屋敷へと来てみれば、隊士の中に鬼を匿っていた者がいたという話を宇随から聞かされた杏寿郎。

その者の裁判を行うための柱合会議なのだとすぐに理解できた。

そして一人の隠が連れてきたのは傷だらけの少年で、その片方の耳には見覚えのある耳飾りが揺れていた。


「鬼は俺の妹なんです。俺が家を留守にしている時に襲われ、帰ったらみんな死んでいて……。妹は鬼になったけど、人を喰ったことはないんです。今までも、これからも!人を傷付けることは絶対にしません…!!」


杏寿郎には少年が嘘を言っているようには見えなかったが、人を喰わない鬼など自分が鬼を斬るようになってから今までに一度も見たことがない。

確証のないことは何の証拠にもなりはしないのだ。到底、少年の言葉も信じるに値しないものに成り下がる他ない。

お館様に判断を委ねるまでもない、と杏寿郎が小さく息を吐いた時だ。


「妹は、妹は…ッ俺と一緒に戦えます!!鬼殺隊として、人を守るために戦えるんです…!だから―……ッ」
「おいおい、なんだか面白いことになってるなァ…。鬼を連れた馬鹿隊員ってのはそいつかい?」


少年の言葉を遮ったのは片手に木箱を持ち上げた不死川だった。

あの箱に何が入っているのか杏寿郎には見当もつかなかったが、目の前の少年がヒュッと息を呑む音が聞こえる。


「鬼が何だって?坊主。鬼殺隊として人を守るために戦える?そんなことはなァ―――…」


不死川が刀の柄に手を掛けて、刀身を引き抜こうとする。

しかし次の瞬間、音もなくどこからか飛んできた鋭い何かが刀身を抜こうとしていた不死川の右手に深く突き刺さり、刀が抜かれることはなかった。


「な、……ッ」


不死川の右手に刺さっていたのは、真っ白な刀身を鈍く輝かせた日輪刀。

それが刺さった不死川の手から流れ滴るはずの血は地面に垂れる前に、シャラ…と静かな音を立てて凍っていく。

この日輪刀は間違いなく、月子のものだ。その場にいた柱の誰もがそれに気づいただろう。

杏寿郎も例に漏れずその一人で、彼女の姿を見つけるために視線をさ迷わせた。


「――…わざわざ嘘をついてまで、わたしから炭治郎と禰豆子を引き離したのは、まさか”これ”のため?」


底冷えするような、冷たい声音。
いや、『ような』ではなく本当に、この場に月子の声が響いたのと同時に周りの温度が一気に下がったことを全身で感じる。


「……ねえ、さん?」


気温が下がったことによるものか、少年の口から零れた声は小刻みに震えていた。

いつの間にか少年の傍に寄り添うようにして立っていた月子は、俯いていて表情が見えない。

杏寿郎は無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。
かつて今まで対峙してきたどの鬼にも感じたことのない恐怖を感じて、思わず身が竦むような感覚に陥る。

炎柱のくせに何を情けない!と心で自分を叱咤激励してみるも、それは虚勢に留まってしまっていた。


「…っ、てめぇ何のつもりだァ?」
「……何のつもり?こっちの台詞だ」


不死川に答え、顔を上げた月子の表情を見てゾッとする。

夕焼けのような温かく美しかったはずの彼女の双眸が、毒々しい紅色に変化し、禍々しく光を放っていたのだ。


「君の弟は炭治郎というのか。良い名だな!」
「良い名だし、心優しくてとても良い子です」
「…………」
「…何ですか、いきなり無言になって」
「いや…弟のことを想う君はそのような表情をするのかと少し驚いてな。つい見惚れてしまった!」

―――「炭治郎も鬼殺隊に入るために今は修行中なので、顔を合わせた際には宜しくしてやってください」



いつか、弟である炭治郎についてそう話してくれた月子。今の彼女にあの時の優し気な面影が一切見当たらない。


「っ、月子……」


少年の妹が鬼であるならば、月子は鬼の姉でもあるということだ。姉であるはずの彼女が妹が鬼である事実を知らないわけもないだろう。

―――いったい、どういうことなんだ。



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