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過保護




記憶の中の父さんを思い出し、力を振り絞って無我夢中で繰り出したヒノカミ神楽―――。
そしてきっと禰豆子も、俺に力を貸してくれた。

そのおかげでやっと、上弦の鬼の首を斬ることができた…!!


「ねず、こ……ッ!禰豆子ォ……っ」


鬼の糸に拘束されていた禰豆子が力なく地面に横たわっている。
禰豆子を助けて、ひとり残してきてしまった伊之助を助けにいかなければ。


「ぐっ、う…ッ!」


そうしたいのに立ち上がることすらかなわない。
全身に激痛が走り、震えて、甲高い耳鳴りも聴こえてくる。

なんとか地面を這いつくばり、禰豆子へと徐々に距離を縮めていた―――その時。


「―……ッ、このにおい…っ、え…?」


突如背後から鼻をつくような濃い血の臭いがしたかと思えば、その臭いをふわりと包み込むように嗅ぎ慣れた匂いがすぐに香ってきた。

この、匂いは―――。


「月子…姉さん?」
「姉さん?姉さんって言ったのか、今。お前には自分思いの妹だけじゃなくて姉までいるのか…」


首を斬ったはずの鬼がベラベラと後ろで喋り出す。血の臭いと共に激しい怒りのにおいも同時に鼻を突き抜ける。

姉さんの匂いは確かにした。だけどここに姉さんはいない。俺が今、最悪の状況に置かれていることに変わりはない…!

どうにかして、回復して、今すぐ戦うんだ。


「あー…もういい。お前も妹も殺してやる」


どんどん近づいてくる足音と唸るような低い声でそう言う鬼の声を聞きながら平静を保とうとしたけど、もう腕がピクリとも動かなかった。

しかし、その瞬間。


「死ね」


―――氷の呼吸 漆ノ型・薄氷。

聴こえてきた姉さんの声が一言そう低く呟いたのと同時に、刀を振る音が聞こえた。
それは聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さく、静かな音。


「月子姉さん……っ」


後ろを振り返る気力もなく、俺の後ろで一体何が起こったのか目に見ることはできない。

今の俺に分かるのは、どんな匂いもかき消してしまうほどに濃い―――姉さんから溢れて出る”怒り”の匂いだけ。


「――…ッ、」


痛みとは違う何かで、俺の身体は小さく震え出した。激しくて凄まじい姉さんの怒りは、鼻だけじゃなく全身にビリビリと感じるほど。

ここまで怒っている月子姉さんを見るのは初めてのことだった。




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