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蜘蛛ノ山




玄弥が呼吸を使えるようになったことは、お館様と元の師匠である悲鳴嶼さん、そして彼が行っていた鬼喰いにおいての体調面をよく診ていた胡蝶さんにのみ伝えられた。

『兄ちゃんにはまだ言わないでほしい』という、玄弥の思いが尊重されて。

そもそも玄弥には鬼殺隊にいてほしくないと思っている不死川さんからすると、呼吸を使えるようになって喜ぶ玄弥とは裏腹に、兄である彼にとってはその事実は決して喜ばしいことではないはず。

もしその事実を不死川さんが知ったその時は、何を余計なことをしてくれたんだとわたしを責めてもおかしくない。
一発や二発、殴られる覚悟はしておいて損はないだろう。

そして、呼吸が使えるようになった玄弥に早速修行をつけていて発覚したことがひとつ。―――玄弥は、氷の呼吸への適正が1ミリもなかったのだ。




「………ショック」


がくり、と項垂れればヒョウに翼で軽く叩かれる。
慰めの一言もなく無言でしばいてくるなんて、相変わらず主に厳しい鎹烏だ。


「はぁ………」


わたしの氷の呼吸を継いでもらおうと意気揚々としていたけれど、適性がないんじゃいくら修行しても意味がない。玄弥には他に適性のある呼吸があるということなんだろうから。

あれから玄弥はわたしの元を離れて再び悲鳴嶼さんの所で修行を受けることになった。

そうなってから一番最初にもらった玄弥からの文には、『月子さんの氷の呼吸よりは岩の呼吸のほうがマシみたいです』と心に突き刺さる悪気のない一文が書いてあった。


気分が下がりっぱなしのまま、つい先ほど、宇随さんとの合同任務を終えてきたわけだが。
任務の終わり際に『おまえ、遊郭で働いてみねぇか?』と訳の分からないことを言われて、今はさらに気分がよくない。

わたしが気分を悪くしたのが分かったのか、宇随さんはとても狼狽した様子で『誤解だ!』と自分の発言について何か弁解をしようとしてきたけれど無視して彼と別れた。


「……炭治郎と禰豆子に会いたい」


今のこの最悪な気分を癒してくれるのは、あの子たち以外にいない。
わたしの次の任務もまだないようだし、あの子たちが任務中じゃなければ今から会いに行くのは大いにアリだ。

ヒョウがここにいるということはわたしの次の任務はまだ来ないだろうし。


「ヒョウ、お願いが―――」


炭治郎たちが今どこにいるのか探ってきてほしい、と続けようとした言葉はものすごい速さで目の前を突っ切ってきた黒い何かに止められた。

黒いそれはドシャっと地面に墜落したかと思えば、翼を羽ばたかせてわたしの鼻先まで飛んでくる。


「竈門様!助ケテクダサイ…!」


どれだけ急いでここまで来たのか。
息も絶え絶えに呼吸を荒くさせながら、鳥であるはずの鴉が当たり前かのように口を開いた。


「落ち着いて。君は誰の鎹鴉?」
「っ、私ノ主ハ雛森様デス!お願イシマス竈門様!」
「めいの…?」
「多クノ鬼殺隊士ガ那田蜘蛛山ヘ任務ノタメ派遣サレタノデスガ、現在ソノ半数以上ガ鬼ニヨッテ既ニ殺サレテシマッテイマス」

「……………」

「那田蜘蛛山ヲ住処ニシテイタ鬼ハ複数オリ、珍シクモ群レヲ成シテイルヨウデ、下級隊士デハ歯ガ立チマセン!雛森様ハ他ノ隊士タチヲ守リナガラ戦ッテイマシタガ一人デハ限界ガアリ、今ハ身ヲ潜メテイル状況デス」


事細かに状況を説明してくれるめいの鎹鴉に感心すると同時に、事の重大さを理解した。

鎹鴉の話では、もう既に何人もの隊士が命を落としている。身を潜めているということはめいは無事なのだろうが、時間の問題かもしれない。

そもそも下級隊士たちでは手に負えないようなレベルの鬼が何体も潜んでいる山に彼らを派遣すれば、このような結果になることは予想できたことだ。たとえ、めいという実力者が一人いたとしても。

お舘様は一体、何を考えて―――…。

いや、今はそんなことを考えるよりも優先すべきことがある。もしかしたら那田蜘蛛山の任務には、炭治郎や禰豆子達も派遣されているかもしれないのだから。かといって、それを確認する為にヒョウを飛ばしている場合ではない。


「ヒョウ、お館様に伝えて。今この子が伝えてくれた那田蜘蛛山の任務の状況と、わたしもそこへ向かうこと。そしてすぐに柱の人達も派遣してほしいこと。大至急」


ヒョウはバサッと翼を大きく振ってから素早く飛んでいく。それを見届けてからわたしはめいの鎹鴉を腕に抱きかかえた。


「那田蜘蛛山まで、案内お願い」
「竈門様…雛森様ヲドウカ、オ助ケクダサイ」

「………急ごう」




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