無自覚 胡蝶さんと話をした日から1ヶ月と少しの日が経ち、わたしは再び蝶屋敷へと足を運んでいた。 「―――雛森さんって、馬鹿?」 「ちょっ、ひどくない!?任務でこんな大怪我負って療養中の人にかける第一声がそれとか信じらんない!…………しかもあれだけ言ったのに、名前で呼んでくれないし……」 「最後の方、聞き取れなかった。何?」 「べっ別に何でもないわよ……!!」 1週間前に行った任務で、一緒になった自分より階級が下の隊士2人をとことん守りながら鬼と戦った結果、重傷を負って生死の境をさまよっていたらしい。 そんな雛森さんが昏睡状態から目を覚ましたのが昨夜。そして雛森さんの鎹鴉から『お見舞い来て』という内容の文をもらって、彼女が療養しているというこの蝶屋敷へと訪れているわけなのだけれど。 「雛森さんが以前の自分と変わろうと思っているのは良いことだと思うけれど、やり方が間違ってる」 「うっ…いや、だって!あの己(つちのと)の2人、頼りなかったのよ!相手の鬼だって弱くなかったし、前までだったら囮にして…とかやっちゃってたけど今はそんなこと考えてないし!そしたら、あたしが守るしかないじゃんってなって……」 つい昨夜まで昏睡状態だった人とは思えないくらいの勢いで捲し立てるように言う雛森さん。 「今まであたしのせいで死なせてきてしまった人達へのせめてもの罪滅ぼし、っていうか……」 「それでわざわざ自分を危険に追い込んで、さらには死んで詫びようってこと?」 「そこまでじゃない!そこまでじゃないけど、それくらいのこと…しちゃったかなって思ったから。そう思ったらどうしても自分を許せなくて、それで……」 雛森さんの家の事情や育ってきた家庭環境もあり、今まで彼女が踏み台にしてきた隊士たちは多くもないけれど少なくもなかった。 確かにそれは戒めなければならないことだし、許されることでもない。だからと言って、自分が傷付いたり死ぬことで“詫びる”ことが出来るようなことでもない。 「そういう考えや思いを持つようになったのは、雛森さんが変われているからだと思う」 「えっ……あたし、変われてる…の?」 「でも、いくら雛森さんが傷を負ってもたとえ死んだとしても失われた命に対しての罪滅ぼしなんかできはしない」 「っそ、んなの分かってるけど………」 「だから雛森さんはこれから先、その人達の命と想いを背負って、その人達の分まで生き抜いていかなければ」 「―……ッ、」 雛森さんはギュッと布団を強く掴み、それから小さく息を吐いて『…そうよね』と呟いた。 言いたいことは全部言えた気がする。 話にひと段落ついたところで、ふと俯いている雛森さんの頬に貼られたガーゼが目に入り、その場所にそっと触れた。 「…ちょっと、何触ってんのよ」 「ん?あー…えっと、」 そういえば雛森さん、文のやり取りをしてた時に名前で呼んでいいって言っていたような。 「“めい”が生きていてくれて、嬉しいと思って」 「―――バッ、は…はぁぁぁ!?」 「っうわ、ちょっとびっくりした。いきなり大きい声出すのはやめてほしい」 「あ、あんたのっ…あんたのせいでしょ!?いきなり何なのよそのデレ!!心臓に悪すぎんのよバカなの…!?鬼と戦って死ぬ前にあんたに殺されるわ!!」 どうしよう。めいが何を言ってるのか、さっぱりだ。 顔を真っ赤にして怒鳴ってるから怒ってるんだろうけど、何をそんなに怒らせてしまったのか皆目見当もつかない。 それにここは良くも悪くも病院みたいなところだから、そんなに大きな声を出すのはあまり良くない気がする。 ―――バンッ! 「雛森さーん?ここには他にお休みになってる隊士たちもいるんですよ。そんなに騒ぐようなら、強制的に眠ってもらいますよ?」 ドアを思い切り叩いたような音が響いて、それから胡蝶さんの静かな声音が聞こえた。 入口に立っている胡蝶さんはいつも通りの微笑み顔だけれど、どす黒いオーラを纏っているように見える。胡蝶さん、すごい怒ってるみたい。 「ひぃッ!蟲柱様……!すみませんでした!!ほら、ちょっと月子ももう出て!あんたと喋ってるとあたしまた昏睡状態に戻らされちゃうでしょ…!」 真っ赤な顔から一変して、今度は顔を真っ青にしためいに首を傾げる。 よく分からないけれど、面倒なことになる前に今は言われた通りにしておこう。 ■ ■ ■ わたしが部屋を出ると、同じように部屋から出てきた胡蝶さんと目が合い、ニッコリと微笑まれる。あ、これは嘘の笑顔だ。 「竈門さん、誰彼構わず誑し込むのはやめてくださいね。冨岡さんなんて、あなたとの任務を増やしてほしいとお館様に直談判行くくらい鬱陶しいんですから」 「誑し込んで……?冨岡さん?」 ―――まずい。 今日は何やら分からないことだらけだ。 めいに続いて胡蝶さんの言ってることもあまりよく理解できない。誰か助けてほしい。 「はぁ…無自覚ですか。余計、タチ悪いです」 「…ごめんなさい」 「いいですか?相手はまだ女性ならいいですが、男となると話は変わってきます。世の中には勘違い野郎という、ちょっと優しくされたからってすぐ自分のことを好きなんだとか思う馬鹿もいます。あんたなんか眼中にない、という意志をきちんと持って男とは接さないとダメです」 途中、胡蝶さんらしらぬ汚い言葉を織り交ぜて早口で喋る喋る。 ………いや、きっとこれが胡蝶さん“らしい”。 胡蝶さんが少しでも心を開いてくれているような気がして、わたしは嬉しくなってしまう。 「…竈門さん?私の話、聞いてましたか?」 「聞いてました」 「ぜったい、嘘!」 「あれ、何でバレたんだろう」 「ちょっと……もう!」 怒ってるのにどこか楽しそうな胡蝶さん。 そしてわたしの鎹鴉のヒョウが任務の報せを持ってきたタイミングで胡蝶さんと別れ、指定の場所へと向かったのだった。 ――――――――――――――――――――――― ※雛森 めい 【第弐章】『邂逅』〜『落着』までのお話で登場。 |