本音 お館様からの”願い”を無碍にできるわけもなく、胡蝶さんに会うために蝶屋敷へとやって来た。 門から屋敷の中へ入ったところで、目の前をスーッと通り過ぎていく一匹の蝶に目を奪われる。 蝶が集うから、この建物は蝶屋敷という名なのだろうか。そんなことを考えながら、わたしは導かれるようにその蝶のあとを追ったのだった。 ■ ■ ■ 屋敷の中庭のような場所に辿り着くと、縁側に腰を掛けて複数の蝶と戯れている胡蝶さんの姿が目に入る。 「あら、竈門さん。こんにちは」 軽やかな挨拶に、わたしは小さく会釈をして返せば、胡蝶さんはスッと立ち上がった。 「私に何か御用でも?どこか怪我でもしましたか?」 怪我はない、という意味で首を横に振る。目の前の胡蝶さんは首を傾げてわたしを見上げていた。 お館様は、胡蝶さんの支えになってあげてほしいと言っていた。しかし、何を話せばいいのか分からない。本当に、困っている。 ―――考えても多分、答えは出ない。わたしはわたしの言いたいことを言い、聞きたいことを聞く。もうそれでいいだろうか。 ええいままよ、と口を開いた。 「先日、上弦の弐と刃を交えました」 「―……ッ、!?」 「殺せませんでした。逃げられて」 「……そう、ですか」 「……………」 上弦の弐、と聞いて胡蝶さんの表情と雰囲気が変わったのを肌で感じる。 「その様子だと、お館様から色々と聞いているみたいですね」 「色々と、なのかは分かりません。胡蝶さんのお姉さんが上弦の弐に殺されたということくらいしか」 「…そうです。私の姉は、上弦の弐に殺されました。上弦の弐は私にとって最愛の姉の仇…!竈門さん、どんな小さなことでも構いません。上弦の弐について何か分かったことがあれば私に教えていただけませんか」 胡蝶さんの、縋りつくような震えた声音。 懇願するようにジッとわたしを見つめてくるその紫焔の双眸は、どこか揺れているようにも見えた。 「上弦の弐、童磨は…呼吸を使う鬼殺隊士にとって最悪の相手だと思います」 「それは、どういう……」 童磨と刃を交えた時に感じた、身体への違和感。氷の呼吸を使う時の感覚とは別に、肺に対する大きな負荷を感じたのだ。 呼吸がしづらくなり、息苦しくなるような、あの感覚……。 「童磨は、氷や冷気を操る血鬼術を使います。あいつが飛散させる強烈な冷気…あれを吸い込むと肺の機能を大幅に低下させられてしまう。最悪、肺が壊死します」 これが、わたしの見解だった。 常日頃から氷の呼吸を使うわたしには、童磨の血鬼術にある程度の耐性があった。 だから童磨の冷気に包まれても、わたしには大したダメージを受けなかったと考えていいと思っている。 『へぇ…すごいなぁ。普通なら、俺の冷気を吸ってまともに動けるわけないぜ?』 そう考えれば、あの時の童磨の驚いた表情と言葉にも説明がつくはず。 ……わたしがそもそも人間ではないから、というのも関係がありそうだけれど、それを言うわけにもいかないしそう思いたくないからその線は無理やり掻き消した。 「……ありがとうございます。その話を聞いて、私も心が決まりました」 「胡蝶さん……?」 「姉の仇は必ず、討つ。私の命を以てしても」 いつも携えている微笑みを消し、童磨への憎しみや憤りを露わにする胡蝶さん。 そしてすぐにいつもの微笑み顔に表情を戻すと、また一言わたしに礼を言ってこの場から立ち去ろうとする。そんな胡蝶さんの手を、ほぼ無意識に掴んで引き留めていた。 蝶のように、儚く、小さく、今にも消えてしまいそうなその姿に大きな胸騒ぎを感じたから。 |