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相性



童磨と名乗った鬼に連れてこられたのは蓮の花が浮く小さな池が見える、この屋敷の一室。

いつ攻撃されても対応できるように、背中に隠していた日輪刀を手に持ち、月子は一秒たちとも気を抜いたりは決してしないようにしていた。


「今日はなんて良い夜なんだろうか!君もそう思わないかな?」
「…………」


口元を鉄扇で隠しながらも、その唇がニンマリと弧を描いているのが高くなった声から分かる。
月子は眉すらピクリとも動かさずに、童磨の虹色から目を離さない。

この鬼は、人の弱みに付け込んで、”救済”という言葉を使い救いの手を差し伸べるフリをして数多の人間を喰らってきた悪鬼だ。そしてこいつは、それを愉しんでいる。
今ここで、自分が首を斬らなければこれから先どれだけの人間がこいつの餌食になるだろうか。

月子は刀の鍔にカチャリ…と親指を添えた。


「どうしようなぁ…。ついうっかり、さっきまで俺は重要なことを忘れていてね。それのせいで、どんな風に君を食べてあげようかなんて考えてた時間が全部無駄になってしまった!」
「………何、?」
「何でも君、無惨様に血を与えられたらしいじゃないか。でもその様子じゃあ、人間は一人も食ってないな?飢えたりしてないのかい?」
「……………」
「もしかして太陽の光も克服してたりするのかな?ああ、そうだとすれば無惨様が君をご所望な理由も分かるな!」


―――無惨が月子を求めている。

それを言った途端、今まで何を言っても無表情だった月子の表情に変化が訪れた。
その様子を目の当たりにした童磨はただでさえ良かった気分をさらに高揚させて、ゆっくりとした足取りで月子に近付いていく。

鬼の気配も微かにするというのに、血生臭さは一切なく、むしろ神聖な雰囲気すら感じられる月子。
嗚呼…彼女から漂う、肺まで凍ってしまうようなくらい冷たい気配がとても心地良い。


「…それ以上わたしに近付いたら、斬る」
「ねぇ、俺は君が大層気に入ったよ。君を捕らえて無惨様にお渡しするのは簡単だけど、それでは君が可哀想だ…。だから、俺が救ってあげよう」
「おまえの救うは、喰うってことだろう。それのどこが救いだ」
「俺が喰った人たちは皆、救われたよ。もう苦しくない、辛くない。俺の身体の一部になって幸せなんだよ」


―――でも、と童磨は続ける。


「君のことは喰わないでおくよ。だから、俺の傍においで。無惨様の元へ行けば、君は確実に取り込まれて死ぬだけだぜ」
「……………」
「君も鬼ならこの先ずっと生きていられるだろ?俺と一緒に生きて、一緒に世の中の”カワイソウ”で愚かな人間たちを”救って”あげようじゃないか」


言い放ち、バッと両腕を広げた童磨は何も言葉を発さない月子を見下ろしてから彼女の両肩に手を置く―――その瞬間。


「………あれ?」


童磨がパチクリと2回ほど瞬きをしている間に、彼の腕は2本とも手首から先がなくなっていた。
斬られた手首から滴り落ちる血は、地面に滴り落ちるまでに凍って固まっている。


「わぁ、すごい速いな。俺、全然見えなかったよ!」


切り落とされた両手は、次の瞬間には再生し始めており、上弦レベルの鬼は再生能力もずば抜けているのか、とその強力さに思わず舌打ちを漏らした月子。


「それにしても、悲しいなぁ…君にとって一番良い提案をしたつもりだったんだぜ?」
「鬼舞辻に家族を殺されたわたしがこれから先、鬼と一緒に生きていく?そんなクソ以下の提案に誰が頷くんだ。………外道が」
「怒ってるの顔も綺麗だね。何で怒ってるのかは、俺には分からないけど」


飄々とした態度が変わることも、ヘラヘラとした笑みが引っ込むことはない。

月子は沸々と胸の内に湧き上がる熱い感情を、呼吸を使って落ち着かせる。
人の神経を逆撫でするような童磨の物言いに、月子は確実に”怒り”を募らせていたのだ。


「それにしても、家族を無惨様に殺されてしまったのか…。それはさぞかし悲しかったし、辛かっただろうな…。でもほら、俺は鬼だから死なないよ。君の家族みたいに脆弱な人間じゃないからね!」


だからずっと君と一緒にいてあげられるよ。

―――ギィン…ッ!!
金属同士がぶつかり合う凄まじい音がその場に鳴り響き、童磨は首を傾げた。


「…いきなりでびっくりしたなぁ。これが俺じゃなくて猗窩座殿だったら、危うく首を斬られていただろうね。危ない危ない」
「おまえはここで、わたしが殺す」
「ええー、それは困るよ!人間がどの程度なら耐えられて死に絶えてしまわないかの加減なんて俺は知らないんだ。うっかり殺してしまったら無惨様に……んー、どうしようか」


ブツブツと呟きながら何か考え出した童磨に、ピキリと青筋を立てた月子が刃を振るう。


「―――氷の呼吸 弐の型・氷柱突き」


十段まである強力で鋭い突きが、目にも止まらぬ速さで童磨を襲った。


「血鬼術・蓮葉氷」


僅かに目を見開いた童磨が、月子の突きを打ち消すようにすかさず血鬼術で対抗する。
氷の蓮が月子の突きと衝突すると、氷は砕け散り、サラサラと空中に氷の結晶が美しく舞っていった。


「、はっ…はは!驚いた。君の技も氷なんだね!」


愉しそうで、でもその瞳はどこまでも空虚。
そんな童磨の言葉を聞きながら、月子は僅かに息苦しく感じた呼吸を整えるように小さく咳をする。

童磨の血鬼術は自らの血を凍らせ冷気を操るものだ。そしてその冷気を吸ってしまえば、肺が凍りついて壊死してしまう。
呼吸を使って鬼と戦う鬼殺隊にとって、童磨は相性最悪の凶悪そのもの。

しかし、本来であれば肺が壊死してしまう童磨の冷気も氷の呼吸を使う月子には大した脅威には至っていないようだった。


「へぇ…すごいなぁ。普通なら、俺の冷気を吸ってまともに動けるわけないぜ?これは運命なのかな?普段動かない心臓がドキドキと脈を打ってるよ…。俺、やっぱり君を傍に置いておきたいなぁ。無惨様にさえ、渡したくないよ」


童磨の戯言はさておき、この鬼と対等に戦えるのはもしかしたら…氷の呼吸を扱う自分だけなのかもしれない。

そう考えた月子が、童磨を斬るべく次の技を繰り出そうとシィー…と冷気を吸い込んだ―――その時だ。



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