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鬼ノ巣



炭治郎から聞いた、鬼舞辻の情報。
あいつは人間の中に溶け込んで、あたかも人間を装って生活していたという。
沢山の人間を殺し、沢山の人間を鬼にして不幸にしてきたあいつが、幼い子供を腕に抱いて、家族の真似事をしている。

その場で鬼舞辻と遭遇したのがわたしだったならば、周りの人間のことなど考える間もなく、すぐさまあいつに刃を振るっていただろう。
炭治郎がそれをしたなかったのか、はたまた出来なかったのかは分からないが、きっと前者だと勘が告げる。

―――だってあの子は、鬼にすら涙を流せるほどに慈しい子なのだから。


その後、炭治郎たちもわたしもそれぞれ任務を言い渡され、また離れ離れにならなければいけなくなり、わたしは一足先に珠世さんの屋敷を後にする。

屋敷を出る際に、少しでも炭治郎と禰豆子降りかかる危険を取り払おうと、炭治郎の片耳についている耳飾りをわたしに渡すように言ったが断固拒否されてしまった。

すんなり言うことを聞いてくれると思っていただけにそれには少し驚いたけれど、炭治郎が『姉さんとの繋がりがなくなるみたいで嫌だし不安だ』と眉尻を下げて言うものだから、無理に説得は出来なかった。

玄弥からも個別での任務に向かったとの知らせもあり、わたしは久しぶりに単独での任務に少しだけ気分を高揚させながら目的地へと向かったのだった。



■ ■ ■



”万世極楽教”という宗教が存在する。
『穏やかな気持ちで楽しく生きること。つらいことや苦しいことはしなくていい、する必要はない』という教えを掲げるそれは、”知る人ぞ知る”比較的小規模な宗教だ。

万世極楽教の教祖がいるという屋敷は駆け込み寺のような役割も持っており、家を追い出されたり等の帰る場所を失くした者を受け入れたりもしている。
それだけを聞けば特に不審な点は見当たらず、鬼が関連しているとは思えない優良な宗教であると言えるだろう。

しかし、教祖に教えを説いてもらうために通っていた信者がある日を境に家に帰って来なくなったとの情報が入った。それも、その信者は全て女。

―――そして今回。
そういった理由もあって月子に与えられた任務は、その宗教団体の調査である。


「……これは、黒」


万世極楽教の屋敷に辿り着いた月子の鼻を掠めたのは微かな血の匂い。炭治郎ほどではないが、彼女も常人よりは鼻が効く。

濃厚な血の匂いに僅かに眉をひそめた月子は鬼殺隊だとバレないように隊服を脱いで女物の着物に袖を通し、刀を背に巻き付けてそれをいつもの羽織で隠し、宗教の屋敷へと潜入した。


屋敷の中へ踏み込めば、血の匂いが増す。
今の時間が夜なこともあってか信者の姿はまばらに数名いるだけで、その中にはボロボロの布を身に纏った若い娘や、赤ん坊を抱いた女性の姿も。

ここが駆け込み寺のようなものであるのは間違いないらしい。
月子は広間の端に身を落ち着かせ、壁に背を預けると、腕を組んで”教祖”の登場を待つことにした。


「―――、っ!」


数分後、その場に現れた教祖の姿を見て月子は小さく『…当たりか』と呟いた。

世にも珍しい虹色の双眸に刻まれた“上弦”と“弐”の文字。隠しきれない禍々しい鬼の気配と、嫌でも匂う血の芳香。

そして、教祖が鬼だと月子が気取ったということは―――その逆も然りだ。


「やぁ、初めまして。俺は万世極楽教の教祖、童磨。今宵はとても可愛らしい美味そうな子たちが来てくれて、俺は嬉しいよ」


弾んだ声が発せられるのと同時に、童磨の虹色と月子の黄金色が交差する。
その瞬間に、童磨は瞳と唇にニヤリと歪んだ弧を描いた。


「嗚呼、本当にいい夜だなぁ…。君のほうから俺に会いに来てくれるなんて。歓迎するぜ?」
「……………」


月子は心の中で盛大な舌打ちをする。

噂の宗教を牛耳っていたのは鬼だった。そこまでは予想の範疇だったし、何もそこまで驚くことはない。ただその鬼がまさか―――十二鬼月・上弦の弐だったなんてこと夢にも思わないだろう。

童磨は恐らく、月子が鬼狩りであることに気付いている。
そして片耳にぶら下がる耳飾りと、彼女の身体の中で中和されつつある微かな鬼舞辻の血の匂いにすら気付いているのかもしれない。


「まずは、君から救ってあげようか。そこの、美しいお嬢さん」


童磨の持つ硬質な扇子がゆっくりと月子に向けられる。その動作だけで月子には童磨が言わんとしていることが読み取れてしまった。

きっと自分が素直に従わなければ、ここにいる他の人間たちを殺すつもりでいる。

今すぐにでも刀を抜いて斬りかかってしまう方法もあったが、仮にも童磨は上弦の弐。つまりは鬼舞辻の部下である鬼の中で上から弐番目に強い力を持つ鬼ということ。
どんな血鬼術を使うかも分からないまま迂闊に手を出すのは、愚策過ぎるのだ。


「そう……良い子だね」


自分の元へと近付いてくる月子の姿に、童磨はより一層その笑みを深くさせる。

ついに童磨の間合いへと入った月子の背中に、彼の手が存外優しい手つきで添えられた。
生きている人間に感じるような温もりはもちろん、一切感じない。

鬼である己に触れられても顔色ひとつ変えない月子の様子に童磨は驚きながらも、この美しい鬼狩りはどこから喰べてあげようか、と愉しそうに考えていたのだった。


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