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奇縁




玄弥の面倒を見させてもらいたい、という簡単な内容の文を飛ばした次の日の朝。
悲鳴嶼さんからは、こちらが送ったよりももっと短い文章で『是』という返事をもらった。

お館様からは、わたしと柱との任務は一旦なくすから玄弥を宜しくとの返事。追伸に『色んな子たちに良くしてくれてとても助かってるよ。ありがとう、月子』とお褒めの言葉も頂いた。

正直、特に意識をしてやっていることではないわたしに“ありがとう”なんて勿体ないのだけれど、素直に受け取ることにした。



■ ■ ■



傷だらけになりながらも滅殺対象である鬼の頸を“日輪刀”で刎ねた玄弥をジッと見つめる。

玄弥と稽古を始めて早一週間が経つが、彼が呼吸を使えるようになる見込みは今のところない。しかし、彼はわたしの予想を良い意味で裏切る、高い能力を備えていた。

玄弥が悲鳴嶼さんに教わったという、反復動作。
それは、集中力を極限まで高めるために予め決めておいた動作をすることで一瞬で爆発的な力を発揮することが出来るというものらしい。

予め決めておいた動作―――それが玄弥の場合は、“念仏を唱える”こと。


「………………」


でもそれが出来たにしてもまだ、玄弥が鬼化というドーピングをせずに呼吸を使える剣士に並ぶには…遠い。

全集中の呼吸は人体にもたらす、最高・最強レベルのドーピング。それをどこまで上手く昇華し、使いこなせるかによっては人によってドーピングのレベルは異なるが、それでも使えるか使えないかの差は大きい。

―――そもそも、呼吸を使える者と使えない者の違いは何なのか。
玄弥だってきっと、炭治郎と同じかはたまたそれ以上に厳しく過酷な修行を積んだに違いない。そうであっても、彼の刀の色は変わらなかったのだ。

だからわたしは、今まで玄弥が乗り越えてきた修行をまた同じようにして繰り返すつもりはない。
わたしが玄弥に教えていくのは、呼吸を使えるようになる“かもしれない”ことなんかではなく、“確実に”今より強くなる為の術なのだから。



■ ■ ■



刀を握って、振るって、好きなだけ身体を動かしまくって。そうすることに、こんなにも気分が高揚したのはいつぶりだろうか。

兄に追いつく為に死の物狂いで独学で覚えた剣技も、呼吸が使えないと分かった瞬間にその努力のすべてが水の泡になった。
それでもあれだけ厳しい修行を乗り越えてきたのだから、と少しの希望を捨てきれずに最終選別に臨んで、生き残って―――だけど手にした日輪刀の色は少しも変わってはくれなかった。

絶望の中で見つけた唯一の光は、鬼を喰って消化しその力を吸収して活用できる特異体質。
もう自分の力だけで強くなれない己が柱である兄に追いつく為にはもう、その方法で鬼を殺して戦果を上げていくしかなかったのだ。

―――そう、思っていたのに。


「玄弥は腕と足の力が強いから素早く動いて手数を増やすよりも、反復動作も折り込みながら一撃一撃に力を乗せる方がいい。…うん、これでいこう」


竈門月子。彼女は、“鬼を喰わなくても強くなれる”と才能がなく孤軍奮闘するしかなかった自分を拾い上げてくれた。

そしてその言葉通り、今の自分は彼女と出会う前よりも確実に強くなれていると実感できている。

玄弥は日輪刀を一度鞘に納めると、腕組みをして何やら考え込んでいる月子に近付いていった。


「…竈門、さん……いえ!師匠!!」
「玄弥?」
「俺、師匠のことすげぇ尊敬してます…っ。これからも、指導お願いします!どんな厳しいことでも必ずやり遂げてみせるんで…!!」


胸の前でグッと両手で握り拳をつくった玄弥が、鼻息を荒くさせてそう大きな声で言うと、月子は無表情をわずかに崩して目をパチクリとさせる。

師匠ってわたしのことか?と小さく首を傾げた月子が、玄弥の頭にそっと手を乗せた。
その途端に顔から頭皮から耳まで真っ赤に染め上げて固まってしまった玄弥。しかしその様子に月子は気付いていない。


「月子でいい。師匠なんて柄じゃない」


ぶっきらぼうに、でもどこか優しい声音。
月子が玄弥にそう言ったのと同時に、彼女の鎹鴉であるヒョウが『カァカァ!』と一際大きな声で鳴き出した。


「……あれは、」


ヒョウが見つめる先から猛スピードでこちらまで飛び込んできたのは、別の鎹鴉。

その鴉を目に止めた途端、月子は柔らかかった雰囲気をすぐに引っ込めて、殺気すら感じさせる冷気を漂わせ始める。


「…炭治郎たちに何があった?」


ピンと張り詰めるような緊張感に息が詰まりそうになりながら、玄弥はその様子を黙って見ているしかない。


「東京、浅草、炭治郎ガ…―――鬼舞辻ト接触ゥ…」


急いで飛んで来たのか、炭治郎の鎹鴉である天王寺松衛門はゼェ…と息を切らしながら伝えた。


「は、?……鬼舞辻だと…!?」
「玄弥、悪いけど今日はこれでおしまい。落ち着いたら文を出すから。また後で」
「あ!えっ、月子さん!?」


玄弥の声を背中で聞きながら、月子はその場から凄まじい速さで走り出す。

―――どうして“接触”の報告なんだ。わたしは鬼舞辻の“匂い”がした時点で報せを寄越しなさいと炭治郎に言ってあったのに。

頭の中で色々なことを考えながら、月子は浅草までの道のりを一度たりとも止まることなく駆けたのだった。



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