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切望




まるで雲や水を掴もうとするような感覚で、鬼舞辻へと繋がる情報はないかと数ある任務をこなしながら探るのはいつものこと。

もう遥か昔から鬼舞辻のことを知っている珠世さんからも鬼舞辻の情報をいくつか得ることができたが、何を知ろうともまずは奴と再び邂逅しないことには始まらない。

珠世さんが鬼舞辻を“臆病者”と称する通り、奴は全くと言っていいほどにその尾の先すらも見せてはくれない。焦っているわけではないけれど、こうも手掛かりがないとなると少し気が滅入ってしまう。


「ヒョウ、炭治郎の様子を見てきてほしい」
「マタ?ソレ今日デモウ三回目ダゾ」
「いいから。大丈夫そうならすぐ戻ってきて」
「鴉使イノ荒イ主人ダ!!」


バサッと翼でわたしの頭を軽く殴ったヒョウが、プリプリと怒りながらも日暮れの空へと羽ばたいていくのを見送る。

一週間前、わたしの時と同じくして鋼鐵塚さんから日輪刀を受け取った炭治郎は、すでに鬼殺隊の一隊士として禰豆子と共に任務へと向かっていった。

鬼舞辻の“匂い”を覚えているという炭治郎には、もしもその“匂い”を見つけた場合、一人で行動しようとせずにすぐに自分の鎹鴉をわたしの元へ向かわせ、必ずわたしの合流を待つようにと約束をしている。


「……心配、すぎる」


陽が沈んで真っ暗になった夜空を仰いで、深く溜め息を吐いた。


「―…あっ、あの…!」


ふと、声を掛けられその声の方へと視線を向ける。

そこに立っていたのは奇抜な髪形をしていて、顔に大きな傷跡のある男の子。
この子は、見覚えがある。確か、炭治郎と同じ最終選別で生き残った子だ。


「初めまして、竈門月子です」
「…あ、えっと、俺…は、不死川玄弥。…です」
「不死川…?」
「は、い…。あ!風柱は、俺の兄貴っす…」


ジーッと玄弥(不死川さんと被るからそう呼ばせてもらおう)の顔を見つめてみた。
鋭い目つきも、顔つきも、確かに言われてみれば不死川さんにそっくりなのが分かる。


「ヒ、ェ……っ!あ、ああああの…ッ竈門、さん…!?か、顔ちかっ…!」
「そうか。不死川さんの何よりも大切で、守りたい人って玄弥のことだったんだ」
「………え?」


―――鬼なんかとは無関係な場所で安全に幸せに暮らしてほしい。
苦しそうな表情でわたしにそう言った不死川さんが、そう願う守りたい人はきっと、この子。

直接そう言われたわけじゃないから憶測でしかないけれど、何となく直感でそう思った。


「え、あの…兄貴……俺のこと何か言って?」
「玄弥は、不死川さんと普段話さない?」


そう聞くと、玄弥は唇を噛んで何かを堪えるように顔を歪める。


「兄貴は、兄貴の言うことに逆らって…俺が無能のくせに鬼殺隊に入ったこと怒ってて…。だから、俺のことすげぇ嫌ってて…“俺に弟なんかいねェ”って話もしてもらえなくて、それで…」


なるほど、と一人納得した。

不死川さんは、弟である玄弥を大切に思うからこそ自分と同じ危ない道を歩んでほしくなかった。そしてきっと、彼は今でもそう思ってる。今からでも遅くないから、鬼とは無縁の場所で幸せに暮らしてほしいと願っている。

だからこそ、玄弥に対してひどく冷たく当たっているのだろう。同じ悩みを抱えたことがあるからこそ、不死川さんの気持ちは痛いほどに分かってしまう。

…でもまあ、不死川さんには不死川さんの守り方がある。わたしが外野からとやかく口出しをすべきじゃない。でも、ただ、ひとつだけ―――。


「不死川さんは玄弥を、嫌ってはいないと思う」


“と思う”という曖昧な言い方をしたのに、そう言った自分の声音はだいぶハッキリとしていた。

玄弥は吊り上がった瞳を大きく見開いて、それからくしゃっと控えめに笑うと『そう、っすかね…』とぎこちなく呟く。


「それはそうと、玄弥は何故ここに?わたしは今から岩柱の悲鳴嶼さんと任務があるのだけど」
「あ、その師匠…あ!えっと岩柱様、が別任務に行かなきゃいけなくなったらしくて代わり行ってほしいって言われて俺が来ました」


柱が行くような任務に、つい最近鬼殺隊に入ったばかりの癸の隊士である玄弥を自分の代わりに行かせる―――。
何やらきな臭い感じがするのが否めないが、任務を放り出すわけにもいかない。

炭治郎と大して年齢も変わらないだろうにあの子よりも随分と背丈の大きい玄弥を見上げた。


「玄弥は、どのくらい戦える」
「………俺、剣の才能がなくて呼吸が使えねぇ…から、この銃使って鬼を瀕死にさせてからこれで首を斬るようにしてます」


玄弥が取り出したのは大きな銃口が二つ連なったダブルバレル式の大振りな銃。


「これに使う弾頭は日輪刀と同じ、猩々緋砂鉄・猩々緋鉱石で造られてるからそこまで強くない鬼なら、これで殺れます。…まぁそれでも、呼吸を使えない時点で俺のことは殆ど戦力にならないと思ってもらっていいんで…」


ボソボソと最後の方は、耳を澄ませなければ聞き取れないくらい小さな声だった。

玄弥に、どうして鬼殺隊に入ったか、なんて野暮なことは聞くつもりはない。…分かるからだ。自分の兄と同じ道を歩きたいと願い、想う気持ちが。

だって、炭治郎がそうだったから。


「……………」


気付いたらわたしは、取り繕うような表情で自分の中の苦しみや悲しみや痛みを誤魔化そうとする玄弥の頭にそっと手を伸ばしていた。

そして距離の近くなった玄弥からほのかに漂ってきた“あの匂い”に、少しだけ目を細める。



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