冨岡と合同の見廻りが終わった後。 月子に惹かれている冨岡は泊まる場所が定まっていないのなら自分の屋敷にくるといい、と無自覚ではあるもののあわよくば月子との時間を増やそうとしたようだが彼女はもちろん断った。 煉獄の家にお世話になったのはあくまでお館様からの命と、柱候補の期間はという明確な理由があったからで。当然今の月子には、冨岡の家にお世話になる理由も必要もないのである。 表情は変わらないものの、何やらズーンと雰囲気をどんよりとさせた冨岡の様子を気にしつつも月子は彼と別れて”ある場所”へと足早に向かった。 ■ ■ ■ 「来るのが遅い。珠世様を待たせるな」 「―――愈史郎」 陽が沈んだ後も街灯が煌々と輝き続ける浅草の町。そこから少し外れた閑静な細道で、月子と愈史郎という男は言葉を交わしていた。 「遅れてごめん。珠世さん、怒ってる?」 「…怒っていない。珠世様はお優しくて寛大な心をお持ちだからな」 「なら、良かった」 「………っ」 月子の口元がわずかに緩んだのを確認した愈史郎は、何かを耐えるようにグッと唇を結んだ。 ―――久しぶりに会ったが、相変わらず月子は綺麗だ。珠世様の次に。 心の中でそう思った愈史郎は少しだけ熱くなった頬に知らんぷりをした。 「珠世様がお待ちだ、ついてこい」 愈史郎の案内のもと、二人の姿は道などあるはずのない壁の中へと消えていった。 約一年半前のあの最終選別の日。 雑魚鬼や異形の鬼たちはわたしの姿を見て恐れおののき、ひどく怯えていた。 それはわたしが鬼殺隊に入った後に任務で遭遇した鬼たちも同じで、わたしが刀を抜く前に尻尾を巻いて逃げようとしていた。 それにひどく疑問を感じていた時に出会ったのが、珠世さんと愈史郎という―――鬼だった。 「月子さんの中の鬼舞辻の血は半分以上中和されているみたいですね」 わたしの腕から採られた血の入った細い試験管を眺めながら、珠世さんが呟く。 鬼舞辻に対してわたしと同じくらいの怒りと憎悪を抱いている珠世さんは、鬼でありながらも鬼舞辻の消滅を望んでいた。そして本来は血肉を求めて襲うはずの人間を医師として助けながら、鬼舞辻を殺すための薬の研究を日々続けている。 「中和されているというだけで、鬼舞辻の血が消えたわけではありませんから油断はできませんが…。何か身体に変化があればすぐに私に知らせてください」 珠世さんの言葉にコクリと頷いて、捲くっていた袖を手首まで戻した。 鬼たちがわたしを恐れていた理由、それはわたしに流し込まれた鬼舞辻の血が濃過ぎたことでわたしから鬼舞辻の気配を感じていたからだという。 また、普通の人間がそれだけの量の鬼の血を流し込まれてしまえば、鬼化する前に細胞が壊死してしまい死に至るはずなのだと珠世さんは言った。 では何故わたしは死んでいないのか。―――それはわたしが、”稀血”だったからだ。 「…本当に、わたしの血で鬼を人間に戻す薬が作れるのでしょうか?」 「……お約束することはできません。けれどきっと、今行っている研究が実を結ぶ日がくると信じています」 珠世さんは申し訳なさそうに眉尻を下げてそう言ったけれど、その声音は力強い。 彼女と初めて会ったその日に血を調べてもらい、わたしが稀血だということ分かった。 稀血の中でもわたしの血は特殊なようで、体内に流し込まれた鬼舞辻の血を分解し結合させ、鬼舞辻の血を上手く取り込んでいるらしい。 それ故に、わたしは鬼と同様の身体能力と治癒能力を持ち合わせながらも、鬼とは違い陽の光の下で過ごせたり、人の血肉を求めたりしないという―――鬼でも人間でもない存在になってしまっている。 「薬のことは珠世さんに任せます。…鬼舞辻のことはわたしに任せて。珠世さんの思いも背負って、あいつはわたしが必ず殺す」 色々悩んできたものの、結局のところわたしは自分が何者であってもいいのだ。 大切な人のために生きて、大切な人のために死ねるのならば。 「珠世様の前で物騒なこと言うな、馬鹿月子」 「こら、愈史郎。月子さんにそんなこと言ってはいけません」 「はい!珠世様!申し訳ありませんでした…!」 珠世さんと愈史郎。 このふたりのように心優しい鬼は、他にもいるのだろうか。 そう考えて、ふと思い出したのは鬼と人間は仲良くなれるかと聞いてきた胡蝶さんのこと。 彼女たちが出会う日がもしこの先くるとしたら、その問いに対してはっきりとした答えを出すことができそうな気がした。 |