わたしが頑なに柱の件を断る理由のひとつに、わたしが“人間ではない”ことが挙がる。 鬼舞辻から血を流し込まれ禰豆子と同じように鬼となったかと思えば、陽の光が肌を焼くこともなく人の血肉を求めることもない。その一方で、普通の人間とは比べ物にならないくらいの身体能力を持ち、傷の治りも異常に速い。 鬼と同じように手足を切断しても再生されるのか試してみたいところはあるけれど、それで再生しなかった時を考えればそれはさすがに出来ないが。 兎にも角にも、鬼を滅するための鬼殺隊でありその最高幹部である柱に身を置くには“わたし”という人間とも呼べない存在は相応しくないのである。 ■ ■ ■ 「…煉獄さん、」 「ん?どうした月子!」 「いや、どうしたではなくて…。人が書いている文の内容を覗き見するのは不躾じゃないですか?」 「…おお!確かに、これは失礼した。無意識の行動だったようだ!」 この一ヶ月お世話になった煉獄さん含め千寿郎と彼らの父へ挨拶をしに屋敷へ訪れた。 千寿郎は『いつでも会いに来てください』と泣き過ぎなくらい泣いてくれていて、煉獄さんは『月子が俺の嫁に来れば離れずともよいのか…』とか訳の分からないことを言っていたので無視することに。 とりあえず煉獄家を後にする前に、炭治郎に文を書くために部屋を一室貸してもらい筆を滑らせていたところだ。 「君の弟は炭治郎というのか。良い名だな!」 「良い名だし、心優しくてとても良い子です」 「…………」 「…何ですか、いきなり無言になって」 「いや…弟のことを想う君はそのような表情をするのかと少し驚いてな。つい見惚れてしまった!」 本当に、蜜璃にも言ったように素直過ぎるくらい素直な人だな。この人は。 呆れるけれど、煉獄さんのことは嫌いじゃない。むしろわたしにとって好ましい人の部類に入る。 嫁などと血迷ったことを言い出したり、距離感がやけに近いところを除けば。 「炭治郎も鬼殺隊に入るために今は修行中なので、顔を合わせた際には宜しくしてやってください」 煉獄さんは、うむ!と力強く頷いてくれる。 わたしは内心でホッと胸を撫で下ろし、炭治郎への文を書く手を再び動かし始めた。 「―――ところで月子、」 ヒョウとは別の鎹鴉に文を結びつけ、その黒い姿が青空へと羽ばたく様子を見上げていると、隣にいた煉獄さんがどこか少し嬉しそうな表情を浮かべて声を掛けてくる。 どうしたんですか、と返事をしようと思ったのも束の間。千寿郎の大きな声にわたしの声はかき消されてしまう。 「兄上ー!冨岡様という方がいらっしゃってますがいかが致しましょうかー?」 「…そうか!ありがとう、千寿郎!ここまで案内してやってくれないか?」 煉獄さんのお願いにニッコリ笑顔で深く頷いた千寿郎が来た方向へと回れ右をして去っていった。 千寿郎の言っていた、冨岡様。冨岡って、どこかで聞いたことがあるような。 人の名前を覚えるのは苦手なわけじゃなかったはずだけれど、聞き覚えがあるのは確実なのにどうしてかしっかりと思い出せない。 「よもや、冨岡も気の早い奴だ。よほど君に会いたいらしい。気持ちは分からんでもないが、俺と月子の時間を邪魔するのは気に食わないぞ!」 「煉獄さん。あの…冨岡、さんって…?」 「冨岡義勇。俺と同じく柱の一人で、水柱だ!」 「冨岡、義勇…。……柱の人が一体わたしに何の用なのでしょうか」 名前を復唱してみてもしっくりこない。 だけど人との関わりが薄いわたしが聞き覚えのある名前なのだから、きっと彼とわたしは面と向かって話をしたことがあるはず…。 「やはり聞いていなかったか。…月子、君はこれより“柱補佐”という新たな任に就くことになったようだぞ!階級は“甲”のままだ!」 「――…、へ?」 素っ頓狂な声を上げてしまった自覚はある。 けれどそんな声を上げてしまうほど、煉獄さんの言葉はわたしの思考を一時的に停止させたのだ。 「…っ、何ですか。柱補佐って……」 「柱補佐という任を設けるのは今回が初めてのこと故に俺もあまり分からないが、まあ…そのままの意味だろう!今まで通りの任務に加え、その中でも柱の補佐にあたるような任務が多くなるはずだ」 いや、ちょっと待って欲しい。わたしは何も聞いていない。わたしの意見を何も聞かずしてそんな勝手に決め事をするなんて、許されるわけ―――。 「あ、そういえばお館様より月子への文を預かっていたのをすっかり忘れていた!これだ」 お館様からの文?…どう考えてもおかしい。 柱になるならないの問答をしたのはつい数刻前のことで、その数刻の間に柱補佐の件が決定したとは到底思えない。 今すぐお館様のところに殴り込みに行きたくなるのをグッと抑えて、渡された文を開いた。 『私の精一杯の譲歩だよ。月子のこれからの活躍にとても期待しているからね』 お館様ってあの外見と雰囲気に似合わず、強引で職権乱用した実力行使がお得意なんだな。 深く溜め息を吐いて、四つ折りにした文を仕舞う。 わたしに何の相談もなく勝手に決められたことに関して腹が立っただけで、この件に関しては嫌だ嫌だと駄々をこねる気はない。柱“候補”より“補佐”の方が、お館様の言う通り譲歩にはなっているし。 「―――失礼する」 お館様に嫌味の文でも返事してやろうかなどと考えていると、煉獄さんの力強い声とは違う、静かで小さな声がわたしの耳に入ってきた。 振り返った先の、海の底のような仄暗い水の色をした双眸とパチッと目が合って。 似たような感覚、前にもあったような…。そう考えてすぐ、頭の中でまるで走馬灯のように彼と出会った時の記憶が巡りに巡っていく。 「……久しいな」 呟くようにそう言った彼は、それがどんな形であれ、絶望に落ちていた炭治郎と禰豆子と…そしてわたしが前へと進むきっかけをくれた人だった。 |