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後から生まれてきた弟が、父や母から愛されているのを見て何度目になるか分からない絶望を知った。
父からあの言葉を持ち掛けられた時、希望を見出した。あたしもあんな風に愛されたい。あたしにも、あんなに優しい笑顔を向けて欲しくて。

だからその為ならどんな手だって使った。最終的に鬼を斬るのは全部自分になるように、戦果を上げるのは全部自分であるように。そのせいで下の階級の隊士がいくら死のうが、どうでもよかった。

その努力が全て、無駄になってしまう。
ここでこの鬼を斬れなければきっと、柱になるのは自分ではなくて彼女に―――。


「……雛森めい!」
「ぁ…、な…っ?」
「立ち上がって、刀を抜いて。余計なことは何も考えなくていい。こいつはあなたが斬れない鬼じゃない。見た目だけだ、強そうなのは」


月子の言葉に、鬼が激昂してしまった。
『俺をバカにするなァ!!』と叫びながらブンブンと両腕を振り回して、鬼の指先から放出される糸が縦横無尽に空中を飛び交っている。

鬼は完全に冷静さを失っているようだ。その鬼の様子を見た雛森は、パチクリと目を瞬かせる。
最初こそ怖くて仕方がなかったはずのあの鬼が、ただ理性を無くしてキレ散らかしている子供にしか見えなくなったのだ。

指先から放たれる糸はとても素早く目で追うのもやっとではあったが、よく考えれば目で追えているのならばさほど驚異ではない。


「おまえ程度の鬼なんてそこら中にゴロゴロいるし、そいつらをわたしや雛森さんは斬ってきてる。だからおまえも斬られるよ」
「っうるさいうるさいうるさい!!俺は斬られない…!!せっかく、せっかく累さんからもらった能力なんだ!こんなところで負けるわけ…ッ!」


鬼の攻撃はワンパターンだった。

月子はその攻撃をスラスラと躱しながら、雛森はまだかと少し呆れたように振り返る。振り返った先にいた彼女はきちんと二本の足で立っており、桃色の刀身を抜いて、憎まれ口を叩くいつもの自信に満ち溢れる瞳に変わっていた。

月子の口元に小さく弧が描かれる。
そして、月子が鬼の両腕を斬り落としたのと同時に鬼の頸に一筋の赤線が引かれていく。


「…………」


鬼の頸が斬られ、それが落ちていく先で涙の滲む若草色の双眸と月子の目が合った。




■ ■ ■




「切れば?そんな人たちとの縁なんて」
「…は、はぁ?何いとも簡単なことのように言ってくれちゃってんの!?」


鬼を斬って、それから未だ気絶したままの隊士たちが目覚めるまでの間。
雛森さんは何を思ったのか、ポツポツと自分の生い立ちの話をわたしに話してくれた。

それを全て聞いたわたしの第一声が冒頭の言葉。


「だって、自分の死を望む人達のこと“家族”って言える?わたしは無理」
「………そ、それは…っ」
「そんな人たちの為に身を削って頑張るなんて、馬鹿らしい。自分を愛してくれない人の為に努力するくらいなら…自分を愛してくれる人を見つける為に、既に愛してくれている人達の為に生きていく」


わたしはね、ときちんと最後に付け加える。
雛森さんとわたしは違う人間だから、前にも言ったように考え方や価値観は根本的に違うのだ。あくまでわたしの意見だと分かってもらわないと。


「…あんたには、いるの?そういう人たち」


ボソボソと口ごもって喋る雛森さんに、頷いた。


「いる。血の繋がりのないわたしを実の家族のように愛してくれた、大切な人たちが。その人たちを想えば想うほど、わたしはどこまでも強くなれる」


心を強くしろ、なんて偉そうに言うけれど。
雛森さんのように心の支えが何も無い状態で生きていかなければならなかったとしたら、わたしも今のように強くいられたかは正直分からない。

でも、だからこそ。雛森さんにはこれから、そういう人を見つけて欲しいとも思う。その存在の温かさを、優しさを知っているから。
皮肉にも、人は人によって心を壊されることもあればそれを癒してくれるのだってまた人なのだ。


「…あたし、あんたが羨ましい。あたしにはそんな人なんていないもの」
「雛森さんの事情については同情するけれど、自分の目的のために誰かの命を蔑ろにする行為は許されることじゃないからね」
「っでも、だって!そうでもしないと、」


また泣きそうな顔になりながら必死に口を開こうとする雛森さんの唇に、人差し指を添えた。


「これからはそんなことする必要ない。そうでしょう?それともまだその“家族”の為に生きていくつもり?雛森さんがこれからもそうしたいって言うなら、わたしももう何も言わないけれど」
「………だって、あたし…縁を切って家から出ていったら本当に独りになっちゃうじゃない」


こんなんだから友達なんていないし、とポロポロと泣き出してしまった雛森さんに少し戸惑う。
雛森さんをじっと見つめて、それから彼女の若草色と桃色に最近よく顔を合わせるようになった蜜璃の姿を彷彿させた。

蜜璃は、今まで友達のいなかったわたしに友達になろうと声を掛けてくれてそしてわたしの心を温かくしてくれた。そんな彼女に救われた部分があったのは事実だ。蜜璃がわたしに与えてくれたように、わたしも雛森さんに何かしてあげられることがあるかもしれない。

考えて、それから口にするのを数分悩んで…。


「わたしと、友達に…なる?」
「―――えっ?」


雛森さんのキョトンとした顔がわたしを見つめる。
彼女と、そしてこの任務が始まってからずっとわたし達を隠れて監視している人達からの視線にも耐えられなくなって顔を俯かせてしまった。

すごく、気恥ずかしい。これをなんて事なしにサラッと言えてしまう蜜璃は単純にすごい。


「………いい、の?あたしなんかが友達になんて」
「なんかって…」
「だってあたしあんたに対して態度も口も悪かったしさ!もちろん嫌われてると思ってたし、だから友達になんて…びっくりだし…」
「嫌いって思ったことはない。苦手だなとか厄介な人だなとは思ってたけど」
「…だ、だからほら…そんな苦手とか厄介な奴と別に無理して友達になんかならなくったって…!」

「―――自分が変われば、他人への印象なんていくらでも変わるとわたしは思う」


それで、友達の件…どうする?

さっきまでの雛森さんのように今度はわたしがボソボソと小さく聞けば、彼女はくしゃりと笑って『なる!!』と大きな声で叫ぶように言った。

ホッと息を吐いたところで、癸の二人も目を覚まし、無事に任務完了となったのだった。



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