山奥にある廃神社。 太陽が落ち、月の光を浴びて照らし出されるその古びた建物は異様な雰囲気を纏っていた。 あの廃神社に鬼がいるという情報に間違いはなかったようだ、と月子は廃神社から漂う血の匂いに鼻をスンと鳴らした。 「さて、と。そこの癸の二人。あんた達が先に偵察に行ってきなさい」 「えっ……」 「て、偵察ですか…っ?」 廃神社から少し距離のある木の影で、雛森が癸の隊士二人に指示を出した。 月子は、雛森の指示を受けて恐怖と不安に顔を歪めた隊士の二人を見やる。 「当たり前でしょ。あんた達は一番下の階級。癸の代わりなんていくらでもいるんだから、偵察がてらの囮くらいでしか役に立てないじゃない」 ―――仮にそこであんた達が死んでも心配しないで?その後にあたしがちゃんと鬼を斬って仇はとってあげるから。 ニッコリ笑う雛森に、癸の二人は驚き過ぎて何も言葉を発することが出来なかった。 餌を求める金魚のように口を動かすことしかできなくなってしまった二人だが、縋るような気持ちで月子に目を向ける。 「…癸の二人が先に行くことには賛成する」 「……っ、そんな、!」 「いくら癸だからって酷いッ…!」 瞳に涙を溜めて異議を唱え出す二人に、月子は自身の口元に人差し指を添えて彼らを黙らせた。 思わず黙ってしまったけれど、黙っていられない。だってこんなの、どんな鬼がいるのかも分からないところに突撃して死にに行けと言われてるようなもの。癸の代わりなんていくらでもいるって、それは確かに間違いではないかもしれないけれどかといってそんな。人の命を何だと思って―――。 癸の二人はこの気持ちを口に出して言えなかった。…言う前に、月子が声を掛けたからだ。 「鬼を前にして逃げること、それは即ち“死”を意味する。立ち向かう勇気と覚悟は、心強き者に自然と宿るもの。…鬼殺の剣士として生きると決めたのなら、心強くあれ」 月子の言葉は、癸二人の涙を引っ込ませた。 雛森の先程の言葉だけを聞いてしまえば、自分たち癸の命にそれほどの重みなどなく囮になり“死にに行け”と言われているだけ。きっと彼女もそのつもりでそう言っていたはずだ。 けれど、もう一人の甲である竈門月子。彼女は違う。自分たち癸がやらなくても一番上の階級の甲である彼女たちが鬼を斬ってくれるだろうと心のどこかで甘えていた部分を見抜き、諭した。 「斬れると思ったら斬れ。無理だと思ったら呼んで。その時は助ける。死なせはしない」 雛森には聞こえないよう、小さな声でハッキリと言い放った月子。 月子の頭の中には、やはり“勿体ない”という気持ちがあったからこそ掛けた言葉だった。 強くなれる、成長できる。その機会を逃してほしくなかったのだ。この考えを“エゴ”だと月子は思っているし、押し付けてしまっているという自覚もある。だからこそ、先程の言葉を伝えた上で伝えられた側がその後どういう行動をとってもそれを責めないし無理強いはさせないと決めていた。 「…っ、がっ頑張ってみます…!」 「お、俺も…!」 そう言った二人の瞳に“強さ”が宿ったのを、月子は確かに見た。 この二人はもう大丈夫だろう。問題なのは―――。 「ちょっと、何コソコソしてんの?とっとと偵察行ってきてよ、癸くん達。こんな辛気臭いところに長い時間いたくないの!」 月子は雛森を黄金の双眸で鋭く射抜いた。 彼女の先程の発言はみすみす聞き捨てていいものではない。死んだ人間の代わりなど、いない。いるわけがない。いてたまるものか。 「なっ、何よその目…。あたしの指示になんか文句でもあるわけ!?」 「…別に。鬼、斬るのは任せるから」 「言われなくたって分かってるわよ!あたしが斬るんだから、あんたは一切手出さないでよね。手柄横取りしたら許さないんだから」 鬼を斬ることを“手柄”だと言う雛森。 ああきっと、彼女とは根本的なところで自分とは全く相容れない存在なのだろうと月子は思う。 しかしそれは悪いことじゃない。この世の全ての人間と分かり合えるなんて思っていない。考え方も価値観も十人十色あって当然のことだ。 雛森めいという人間はこういう人間なのだ、と諦めてしまってもよかった。けれど―――。 「…できる。あたしはやれる。斬れる。やらないと怒られる。また殴られる。捨てられる。やらなきゃ、鬼を斬らなきゃ…っ」 両手を強く握り締めて、聞こえるか聞こえないかくらいの声でブツブツと言葉を発しながら震えている雛森を月子はじっと見つめていた。 |