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屋敷の中を次々と忙しなく案内する杏寿郎に月子がついて回って数十分。
少し疲れたな、と月子が息を吐いたところで杏寿郎はある一室の前で立ち止まり、彼女に振り向いた。


「父は少しもしかしたら君にキツく当たるかもしれんが、あまり気にしないでくれ。根は優しくとても良い人なんだ!」
「はあ………」


杏寿郎からのいきなりの言葉に理解できていないような返事をした月子だが、とりあえず今から彼の父に会うのだなということは分かったようだ。


「父上!今日から一月程、俺と共に任務にあたることになった柱候補の紹介をしたいので失礼する!」


杏寿郎がハキハキとそう述べ、中の人からの返事を待つことなくパァン!と勢いよく襖を開けた。

そんな、返事もなしにいきなり突撃して大丈夫なのだろうか…。

月子が杏寿郎の行動に驚いているうちに彼はズンズンと室の中へ入っていく。
そんな杏寿郎の後ろをついていくと、畳の上に寝転がってこちらに背を向けている人物が一人。

月子はあの人が彼らの父なのだろうと見た瞬間に分かってしまった。背に垂れる髪が、杏寿郎や千寿郎と同じく”炎”の色をしていたから。


「―――柱候補だと?」


低く唸るような声と共に振り向いた、杏寿郎と瓜二つの男。いや、この場合は彼が杏寿郎の父なのだから杏寿郎が彼に瓜二つなのか。
そんなどうでもいいことを考えながら、月子は小さく頭を垂れた。

その際に視界に入った彼が手に持っている”酒”と書かれた瓶。この部屋に入った時から匂っていたアルコールの匂いの正体はだったのかと月子はその酒臭さに眉間に皺を寄せた。


「柱などになったところでたかが知れている。才が無ければ死ぬだけだ。杏寿郎も、お前もな」


杏寿郎の父である煉獄槇寿郎は気怠そうに上半身を起こし、後ろを振り向いた。

自分の息子と、それから知らない女。ずいぶんと顔立ちが整っていて、その割には愛想のない女だ。どこかいけ好かない、と槇寿郎はその感情をそのまま表に出す。

槇寿郎の不機嫌そうに歪められた顔、そしてキツネのようにつり上がった眉や瞳。それを見て月子は顔はさほど似ていないのだな、と思う。
いつも豪快に笑っていて好漢な杏寿郎とは似ても似つかない。


「それと杏寿郎、この家の主は俺だ。勝手に他所の人間に煉獄の敷居を跨がせるな!」
「お言葉ですが父上、これはお館様の命によるものです!彼女には定められた期間中、この家にいてもらわねばならないのです!」
「………チッ」


お館様、の名を出されては槇寿郎も逆らえない。
槇寿郎は盛大な舌打ちをして、それから『勝手にしろ…!』と言ってそっぽを向いてしまう。

―――子供みたいだな、この人。
月子の槇寿郎に対しての印象はそれだった。


「竈門月子です。…お世話になります」
「…………煉獄槇寿郎。もういいから、出ていけ」


そして、シンと静まり返ってしまった空気に気まずくなった月子が隣の杏寿郎をチラリと見上げる。
千寿郎と同じように、少しだけ眉を八の字に下げている杏寿郎がそこにはいた。

自分の父のせいで、月子が嫌な気持ちになっていたりしないだろうか。一ヶ月でも、この家に居たくなくなってしまうのではないだろうか。
杏寿郎はそれが心配だった。

そして自分の様子を伺うような月子の視線に気づいた杏寿郎は、下げた眉をいつも通りキリッと上げて彼女にニッと笑いかける。


「失礼しました、父上。……さて、道場の案内がまだだったな!行くぞ、月子!」


杏寿郎に背中を押されるまま、二人は槇寿郎の部屋を後にしたのだった。






「父が、すまなかった」


敷地内を一通り案内し終えてすぐ、杏寿郎は月子に謝罪を述べた。
月子は謝られるようなことがあっただろうかとキョトンとして、それから小さく首を横に振る。


「…気にしてません」


あそこまで不機嫌さを顔と態度に出さなくてもよいのでは、とも思ったが確かに自分の家に知らない人間が知らない内に上がり込んでいれば不審に思うのは当たり前のことだ。

唯一気になったこととすれば―――”才が無ければ死ぬだけだ。杏寿郎も、お前もな”という槇寿郎の言葉くらい。


「……父は元柱だった。母が亡くなった後もしばらくは柱として任に就いていたのだが、」
「……………」
「ある日を境に父は柱を引退し、剣士であることすら辞めてしまった」


父が剣を捨てた理由に、母の死が大きく関係していることは杏寿郎も分かっている。しかし、母が亡くなってからも父はしばらく柱として任に就いていた。本当に、母の死だけが理由なのだろうか。

昔の父であれば聞けば答えてくれただろうが、今の父は何も語らない。語ってくれない。
ただ、何もかも”どうでもいい”と自暴自棄になってしまっている。


「……悲しみや苦しみを経て、人は弱くなるし強くもなれる」
「、………!」
「あなたのお父さんは、あなたみたいに強くなれなかった。ただそれだけ」


―――これは剣じゃなく、心の話。
月子は独り言のように言って、思い出す。

家族を亡くす気持ちは痛いくらいに分かる。辛くて、苦しくて、悲しくて。自分を責めて、後悔して。それでも、炭治郎と禰豆子が居たから。
だから、守るべきものを見失うことなく強くなりたいと…そう思えたのだ。


「でも今は見失ってしまってるだけで…いつかきっと今の自分にとって何が一番大切なのか気付く時がくる、と。そう信じて、待ってみてもいいのかもしれない」


―――だって根は優しくてとても良い父親、なんでしょう?
月子の言葉に、杏寿郎は自分の胸が熱くなり、そして同時に涙腺が少しばかり緩むのを感じた。

今のあの父の様子を見て、父が昔は優しかった強かった良い人だったということ話しても、今までに抱えた弟子の誰もがそれを信じなかった。………だが、彼女は違う。

これほどまでに己の心を打ち震わせる者とは会ったことがない!と杏寿郎は歓喜して、すぐにでも目の前の彼女を思いきり抱き締めたくなった。
しかしそれはさすがにグッと堪えた杏寿郎は、月子の問いかけに『ああ…!もちろんだとも!』と笑顔で大きく頷いたのだった。




→おまけ