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わたしはひどく後悔していた。
やっぱり仮病を使ってでもここに来るべきではなかったのだ、と。


「おはよう、みんな。急に呼び出してすまなかったね」
「お館様のお呼び立てとあらばたとえ火の中水の中!そして御壮健で何よりです!」
「ありがとう、杏寿郎」


お館様と呼ばれた男―――産屋敷輝哉。
初めて目の当たりにした彼を無粋にもジッと見つめていたら、ニコリと微笑まれてしまった。

顔には瞼まで浸食した青紫の痣のようなものがあり、黒い髪は肩につかない長さで切り揃えられている。雰囲気や表情、そして声は至極穏やかだ。―――不思議。それが彼の第一印象。


「月子、めい。突然の文に驚いただろう。ここまで足を運んでくれて、ありがとう」
「お館様、お初にお目にかかります!雛森めいと申します!この度は甲の中からあたしを候補に選抜していただき、とても嬉しく思っています!」


早口でまくし立てるようにお館様に挨拶をする雛森さんの声が思った以上にうるさかったから、思わず見やる。

そして彼女に視線を向けた際に視界の端に映り込んだ二人の見知らぬ男女の姿。
彼らはきっと、わたしや雛森さんよりも鬼殺隊においての地位が高い人たちだ。一番上の階級である甲よりも上の階級があるのかは知らないけれど、彼らの出で立ちや雰囲気がそう思わせる。


「早速本題に入ろう。…月子、めい。君たち二人のどちらかを柱に、と考えているんだ。二人とも五十以上もの鬼を倒してくれているからね」


―――柱。
そういえばここに来る前に雛森さんも柱になるのはどうこうと言っていた。その時から気になってはいたが、”柱”とは一体何なのだろうか。


「お館様!是非あたしを柱に!必ずやご期待に応えてみせます!」
「うん、元気があるのは良いことだね。………月子はどうかな?」

「……どちらでも。わたしか雛森さんかどちらかしかなれないのであれば、雛森さんがなればいいと思います」


これがわたしの本心だった。

まず柱が何かも分かっていないし、特にそれになりたいとも思っていない。他に柱になりたがっている人もいるわけなのだから、無理にどちらかを選んでもらう必要もないのだ。なりたい人がなればいい。


「よもや。柱になれる機会などこれを逃せば今後巡ってこないだろうに、君は譲ると言うのか!」


驚いたようにそう言ったのは、髪も瞳も纏う羽織もまるで”炎”のような男の人だ。
周りを見れば、雛森さんももう一人の女の人も同じように目を見開いたままわたしを見ている。

そこまで驚かれるということは、わたしはきっと相当勿体ないことをしてるのだろう。
かと言って、その勿体ないという価値も分からないわたしが柱になってしまうことの方が勿体ない。


「悪鬼を滅殺し、鬼舞辻無惨をこの手で葬る。それを成し遂げる為に、別に柱である必要はない。鬼殺隊のどこに身を置かれようが、わたしのやるべきことは変わりませんので」


一瞬、風が凪ぎ―――。
わたしが見つめる先のお館様が、口元で笑みを深めたような気がした。


「さて、これから一ヶ月の間…月子とめいは柱と共に任務についてもらうよ。その一ヶ月で新たな柱を決定しようと思っている」
「………えっ」
「月子は炎柱の杏寿郎と、めいは蟲柱のしのぶと任務にあたること。いいね?」


いや、何もよくないんだけど。
お館様はわたしの話をきちんと聞いてくれていたのか疑わしいくらい、わたしの言葉を華麗に無視して勝手に話を進めた。


「……お館様、わたしは―――」
「期待しているよ。月子」


しまいにはわたしの言葉を遮って、ニッコリ笑って、それから話は終わりと言わんばかりに屋敷の中に姿を消してしまったのだ。

何なんだ、あの人は。わたしの言葉を汲み取る気が全くないし、そんな人が組織のトップだなんて。


「竈門少女!」
「……はい」
「そう気を悪くするな!お館様は君のような優秀な逸材を見過ごせないだけなんだ!」
「………そうなんですか」


階級争いなんて面倒なことになるに決まっているし、そうなりたくないという理由もあったからこそ自分から辞退をしたのに。

少し離れたところにいる雛森さんがこれでもかと言うほど目を吊り上げてわたしを睨み付けているのが見えて、肩を落とす。


「絶っっっ対負けないから!!」
「まあまあ、落ち着いてください。とりあえず私の屋敷にまで案内しますので、ついてきてください」


毛先が紫色にグラデーションのかかった女の人が鼻息の荒い雛森さんの首根っこを掴んで連れていく。


「はっはっは!お舘様の言っていたように元気だな、彼女は!」


あの女性も、そしてわたしの隣で豪快に笑うこの男性も“柱”。確か、お舘様は彼らを炎柱と蟲柱とか言っていたような。というよりも―――。


「…そもそも、柱って何」


わたしの呟きに、ただでさえ大きな瞳をもっと大きく見開いた煉獄さんがこちらを凝視してきた。

そんな知らない方が可笑しいような反応をされても、鬼殺隊に入ってから今まで柱なんて階級があることなんて誰にも説明されなかったのだから知らなくて当然なのではないか。


「竈門少女は何やら不思議だな。君のような隊士とは初めて会う!」
「…褒めてるんですか、それは」
「もちろんだとも!先程お館様に言っていた君の言葉、俺の心にグッと響いたぞ!」


煉獄さんはいちいち声を張る。
とりあえずこれからの一ヶ月はこの人と一緒に任務をしなければならない。

一ヶ月後、もし仮にもわたしが柱にとなってしまうようであれば柱になるくらいなら鬼殺隊を辞めるくらいのことまで言ってみるのもアリだ。
さすがのお館様もそれは無視できないはず。


「宜しくお願いします」
「ああ。こちらこそ宜しく頼む!」


ひとまずこの一ヶ月間、何を変えるわけでもなくわたしはいつも通り与えられた任務を遂行しよう。
炭治郎への文に書くことが増えるな、とわたしは複雑な胸中のまま煉獄さんの背を追った。




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