「橘さん」 月子の夕焼けのような瞳に真っ直ぐと見つめられて、紗代はグッと息が詰まった。 「鬼を斬る、殺すと思わなければいい。ただ―――救ってあげるんだ」 その言葉に、思い出す。 鬼になってしまった父と母が、助けに来てくれた鬼殺隊の人に首を斬られた時に何と言っていたかを。 『最愛の娘を喰い殺してしまう前に』 『殺してくれて』 『―――ありがとう』 涙を流しながら、目元も口元もふんわりと優しく緩ませた笑顔でそう言って、二人とも消えていった。 「っ、ぁう…っうう…ッ」 紗代はボロボロと泣き崩れた。 そんな紗代を見て、鬼は『睦美、泣かないで。君が泣いたら僕も悲しい』と一緒に涙を流している。 それでも、彼は自分の中の“鬼”に抗えない。 「ぐ、がァ…!!ごめん、ごめんねェ!!睦美!でも、すごくキミを喰ベタイ…ッ!」 最終選別で一度だけ、生きるために無我夢中で鬼を斬った以来、どうしても鬼の頸を斬ることが出来なかった。鬼が、父と母に見えたから。父と母を殺すなんて、頸を斬るなんて出来ないから。 しかしそんな紗代の心に、月子の言葉は響いた。 「斬るとか殺すって思わない…救って、あげる」 響いた言葉を口に出して反芻する。 流れる涙をそのままに遅いかかってきた鬼を紗代はするりと避けて、刀の柄に手を掛けた。 この動作すら、紗代にはとても久しぶりだった。 「…っ、ごめんなさい」 抜刀し、シィーッと空気を肺いっぱいに吸い込む。 そして鬼の頸目掛けて思い切り、刀を振った。 ―――ヒュン! 撥ねられた鬼の頸が月を背に宙を舞い、地面へと落ちていく。その頭を両腕で受け止めた紗代。 受け止められた鬼は、驚いた表情をすること騒ぐこともなく、ただ目を細めた。 「…僕、思い出したんだ」 「………えっ?」 「昔から身体が弱くて、でもそんな僕の傍に睦美はずっと寄り添ってくれて…。僕は馬鹿だから、鬼になれば病気も治ると信じてしまって…鬼になって、しまって…」 ボロボロとひび割れて崩れていく鬼は語る。 「睦美は鬼の僕を受け入れてくれた。そして、“幸四郎さんが生きるためだから、私を食べて”と。理性が無くなって、気付いたら睦美は……っ」 月子は改めて思う。 やはり、鬼舞辻無惨は殺さなければならないと。あいつはこの世に存在してはいけないのだと。 病気が治ると鬼舞辻にそそのかされて鬼にされた彼は、病気であっても人間でいられた時の方がよっぽど幸せでいられたのだろう。 「鬼になると記憶が欠落してしまって、僕はずっと睦美を探していたんだ。睦美は赤色が好きで、いつもその色を身に付けていた。…睦美だと思って何人か喰べて、理性が戻った頃に何てことをしてしまったのだと後悔して…すごく苦しかった」 鬼の顔はもう目の下まで崩れていて、そして陽も昇ってきていた。紗代はギュッと鬼の頭を抱えたまま、とめどなく涙を流し続けている。 「だから―――殺してくれて、ありがとう」 「………ッ、!!」 「あの世で、睦美と……会えたらいいなぁ」 サラサラと、鬼は消えていった。 ■ ■ ■ 「竈門さん」 任務も完了し、町を出たところで前を歩く月子を呼び止めた紗代。 太陽を眩しそうに見つめていた月子は、長い髪をさらりと風に靡かせて振り返る。 唇に付けたままの紅が彼女をより一層艶やかにさせていて、同じ女であるはずの紗代もポッと思わず頬を染めてしまうほど美しい。 「私、これから鬼殺隊としてもっと頑張ります。鬼が全て悪くないなんて思ってないです。悪い鬼もいます。でもきっと、あの人のように…そして私のお父さんとお母さんのように救いを求めている鬼は他にもいると思うので」 ―――そういう人達を助けたいです。 最初の、オドオドとした喋り方ではなく凛とハッキリとした声音。瞳からは恐怖が消え、ただ強い光を放っている。 月子はコクリと頷いて、手に持っていた文を鎹烏に括り付けて空へ飛ばした。 「頑張って。死なないように」 紗代には、無表情な彼女がそう言った時、少し笑ったように見えたようだ。 「はい!竈門さんも!お元気で!!」 何故だか嬉しそうに顔を綻ばせて元気よく声を発する紗代に背中を向けて、月子は小さく手を振る。 これにて、橘紗代と竈門月子の合同任務は幕を閉じたのだった。 |