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家の近くまで戻ってくると、家から出て外でうろうろしている炭治郎が目に入った。
何やら焦った様子で何かを探すように目も身体も彷徨わせていて、少しおかしい。


「―――炭、」
「月子姉さん!!」


名前を呼び終わる前に遮られて逆に名前を呼ばれ。
わたしの姿を視界に入れた炭治郎はサッとこちらへ駆け寄ってくる。

日頃の鍛錬の成果もあってか、その動きはなかなかに速かった。


「どこ行ってたんだ?起きたら姉さんがいなくて…家にも、家の周りにも!」


急にいなくならないでくれ、と続けられた炭治郎の声音はひどく弱い。

禰豆子が眠りについて目を覚まさなくなり不安なのはわたしも同じだが、炭治郎はもっと大きな不安を感じているのだろう。
そういえば、家を離れる時はいつも置き書きをしていたけれど、今回はそれを忘れてしまっていたことに気付いた。


「ごめん、炭治郎。心配かけた」


鱗滝さんの容赦ないスパルタ鍛錬のせいで日々怪我の絶えない炭治郎。
頭に包帯が巻かれている場所を傷に障らないように優しく撫でれば、その手をギュッと握られる。


「姉さん…俺、止めない。止めないけど、心配なんだすごく」
「………炭治郎」
「だけど、姉さんなら最終選別を突破してまたここに戻ってくるって信じてる。だから―――頑張れ、月子姉さん!」


眉尻は未だ下がったまま。それでも力強い眼差しと激励の言葉。
そして炭治郎の、お父さんとそっくりな瞳とジッと見つめ合った。


「ね、姉さん…?」


何を考えるわけでもなく、しばらく炭治郎を見つめていると段々と彼の顔が赤みを帯びていくのが分かる。すかさずその頬に手を添えてみると、伝わってきた体温は熱い。


「炭治郎、熱がある。顔も赤い。もしかしたら傷からくるものかもしれない。鱗滝さんにはわたしから言っておくから今日はゆっくり休んでおいて」
「へ、あ。これは熱じゃなくて…いや熱だけど!違う熱、というか…姉さんのせいでもあるというか」

「―――わたしの、せい…!?」


ガン、と頭に衝撃が走ったような感覚にふらりと身体が揺れた。

まさか、氷の呼吸を使うあまりにわたしの身体から冷気でも出るようになってしまったのか。
その寒さのせいで炭治郎は風邪をひいてしまい、熱を出して…?


「っ、炭治郎わたしに近付いてはダメだからね。わたしも近付かないようにするから」
「はっ…ええ!?何でそうなるんだ!?」

「とにかくダメだ。わたしのせいで炭治郎の体調を崩してしまうようなこと、あってはならない」
「体調は崩してない!確かに姉さんの顔があまりにも近くて、そのせいで体温が上がってしまったかもしれないけど…っ!」

「…?何故わたしの顔が近いと体温が上がる?」
「無自覚!!月子姉さん、俺やっぱり色んな意味で心配なんだけども…!?」


結局、炭治郎の言っていることは最後まであまりよく理解できなかった。
けれど、『近付くななんて悲しいこと言わないでくれ』とこの世の終わりのような悲壮感漂う顔をした炭治郎に泣きつかれて折れるしかなくなったことで事は収束。

一部始終を見ていたらしい鱗滝さんは『気持ちは分かる』と言って、木の下で体育座りをしている炭治郎の肩に手を乗せていた。





■ ■ ■




そして、最終選別へ向かう準備ができた。
準備といっても何か特別なことをしたわけでもない。鱗滝さんから借りている鬼を斬ることができる日輪刀を腰から下げ、水色の生地に白い雪の結晶の柄が散りばめられた羽織を羽織る。

この羽織は鱗滝さんがわたしの為にと繕ってくれたもので、とても綺麗で気に入っている。


「―――月子、これを」


てっぺんまで昇りきっていない太陽を見上げていたら、鱗滝さんから何かを渡された。
それは狐のお面。瞳は切れ長で黄金色をしていて、目の下には月を象ったような模様がある。


「儂がお前に教えてやれたことは少なかっただろうが、それでも月子…お前も儂の弟子に変わりはない。―――必ず、生きて戻ってこい」


両肩に乗せられた鱗滝さんの手は少しだけだけれど、震えているように感じた。

今渡されたものと似たような面をつけていた錆兎と真菰。あの二人も鱗滝さんの弟子だった。
でも既に亡くなっている。つまりは、わたしが今から向かう最終選別に彼らも行き―――そして生きて帰ってくることはなかったのだろう。

この一ヶ月の中で実際に刃を交えたから分かるけれど、錆兎も真菰も強かった。
そんな彼らでも越えることのできなかった最終選別。それでもわたしは、臆さない。


「炭治郎と禰豆子を置いて死ぬわけにはいかないから。わたしは戻ってくるよ、鱗滝さん」


言い放って、安心してほしくて少し笑う。

鱗滝さんの顔は相変わらず面をつけていてどんな表情をしているか分からないけれど、驚いているようなそんな気配がした。


「わたしがいない間、炭治郎と禰豆子を頼みます。―――じゃあ、また七日後に」


背を向けて、藤襲山へと歩き出す。

炭治郎は見送りには来なかった。来なかったというよりも、鱗滝さんが来させなかった。話が長くなりそうだから、という理由らしい。
出立前にもう一度顔くらい見たかったとは思いつつも、炭治郎がわたしを信じて待つと言ってくれたことを思い出せば自然と頬が緩んだ。


「……見てて、みんな」


片耳にぶらさがる耳飾りに触れて、呟く。

進む道が修羅でも地獄でも、わたしは決して足を止めたりしないから。



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