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姉さんは、いつも穏やかな微笑みを浮かべていた父さんとは正反対で普段は無表情だ。
あまり感情を表に出さないという面で見ればそこは、父さんと姉さんは似たもの同士なんだけれど。

それでも俺は鼻がいいから知ってる。
二人の感情が目に見えなくても、俺たち家族と一緒にいる時は二人の匂いがとても優しくて暖かいこと。

父さんが死んでしまってからは、弟や妹たちは長男の俺や姉さんにべったりだ。
どちらかというと俺よりもみんな姉さんにだけど、そういう俺も姉さんが大好きだから気持ちはすごくよく分かる。


「炭治郎、」
「ん?姉さん、どうしたんだ?」


竹雄と一緒にさっきまで薪を割っていた姉さんが少し小さな声でこそこそと話しかけてきた。


「お母さんと相談したんだ。今度炭売りに町へ下りた時、このお金で禰豆子と花子の着物を買ってきてあげてほしい。あと竹雄と茂と六太に何か美味しいものでも。炭治郎も好きな物買ってきな」


じゃら…と音のなる巾着を渡されて、困惑しながら姉さんを見る。

姉さんだって何度も自分で繕い直した着物を着てるのに。ご飯だって弟妹たちにばかりたくさん食べさせて、自分のことは二の次なのに。


「……姉さんのは?」


聞くと、今度は姉さんが少し困惑する。


「わたしのことは考えなくていい。大丈夫。いっぱい食べて大きくなーれ」


ふんわりと表情を穏やかにさせた姉さんに、それ以上は何も言えなくなってしまって渡された巾着袋を握り締めた。

姉さんの、太陽の光みたいに綺麗な黄金の瞳が慈愛に満ちていてギュッと心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。身体の熱が沸騰したみたいだ。


「姉さん、」
「んー?」
「姉さんと一緒にいれて俺…すごく、幸せだ」


言ってから少し恥ずかしくなって、それを誤魔化すようにヘラッと笑ったら姉さんが目を見開いて。
それから白い頬をポッと桜色に染めて、微笑んでくれた。

月子姉さんと、母さんと禰豆子と竹雄と花子と茂と六太と。ずっと一緒にいて、平和に暮らしていければ俺は幸せなんだ。
大切で愛おしくて仕方ないこの家族を守るためなら、俺は何だってできる。




■ ■ ■




炭治郎が炭売りから帰ってきたのは山に太陽が沈みそうな夕暮れ時だった。
わたしが言った通り、妹たちには可愛らしい柄の着物を。弟たちには甘味や菓子などを買ってきてくれた。

大喜びする妹弟たちに、わたしとお母さんは顔を見合わせる。喜んでくれて良かった。ホッとした。


「炭治郎、ありがとう。荷物重かったでしょう?」
「全然だよ姉さん。今日は炭が全部売れたから荷物は増えなかったし、炭より重くなかったから!」
「そう。…炭治郎も、自分に何か買ってきた?」


ニッコリ笑って深く頷いた炭治郎は、自分の着物の懐から綺麗な刺繍の施された布巾着を取り出す。

紅い牡丹の花の刺繍が何とも美しい。
まさか意外にも、その巾着が炭治郎の欲しかったもの…。もしかして町で好きな女の子でもできたのだろうか。


「姉さん、ちょっと目瞑って後ろ向いて」
「え?あ、なんで?」
「いいから!」


半ば強引に炭治郎に背を向けさせられて、目の前にいた花子に正面から両目を小さな手で塞がれた。

さっきまでキャッキャと騒がしかった弟妹たちが静まり返り、誰も言葉を発することのない沈黙の時。
何だか居心地が悪くなって、少し不安になって。
炭治郎の名前を呼ぼうとしたところで、髪を弄られているような感覚が頭にあった。


「よし。いいぞ、花子。手を離しても」
「うん!…わぁ!お姉ちゃん、すごくキレイ!」
「姉さん、本当に綺麗…」


目を開けてまず目に入ったのは、うっとりとした表情でわたしを見ている花子と禰豆子。

綺麗って、なにが。
困惑して視線をさ迷わせた先にいたお母さんと目が合うと、優しい微笑みを向けられて、それから手鏡を手渡された。


「……、っ炭治郎、これ…」


鏡に写ったのは、耳の近くで結われた髪に着けられた見たこともない青い花の髪飾り。
星型に咲いた小さな花がたくさん散りばめられていて、その花は青い石で出来ているようでキラキラと目に眩しいくらい輝いていた。


「それ、姉さんにあげる」
「なっ…わたしのことは気にしないでって、」
「気にしないなんて無理だ。姉さんだって大切な家族の一人だし、俺は…俺たちはみんな姉さんのことが大好きなんだ!」


炭治郎が少し声を抑えて、それでも叫ぶようにそう言えばお母さんや妹弟たちも笑顔でウンウンと頷いているのが見える。


「このお花、お星様みたいで可愛い!何て言うの?」
「あー…えっと、確か外国から仕入れてきたって行商の人が言ってたから外国の花だと思うんだけど…。花の名前は忘れてしまったけど、花言葉なら教えてもらったぞ」


禰豆子の質問に炭治郎が答え、それからわたしに視線を向けた彼は太陽みたいにパッと笑った。


「幸福な愛=c幸せを呼ぶ花って言われてるらしい。姉さんはいつも俺たちに幸せを呼んでくれるから、姉さんにピッタリだと思った」


その言葉を聞いた瞬間、鼻の奥がツンとして目の奥が熱くなって唇が微かに震える。

ポロポロと自分の意志とは関係なくとめどなく瞳から零れ落ちていく涙。
それを見てギョッとして、どこか痛いのか悲しいのかと慌ててわたしを心配する妹弟たち。


「ねえね、だいじょぶ?」


わたしの袖を引っ張って顔を覗き込んでくる六太をギュッと抱き締めたら、六太はいつもわたしがしてあげているように頭を撫でてくれた。


「…俺だって兄ちゃんと一緒に町へ下りてたら姉ちゃんに何かあげてたんだからな!」
「ぼくもー!ぼくもおねえちゃんに何かあげたい!」
「花子はお姉ちゃんとおしゃれしたい!」


竹雄、茂、花子。
三人の言葉が嬉しくて仕方なくて、六太と一緒に纏めてぎゅうっと腕に抱き込んだ。


「ありがとう。…みんな、大好き」

「私も、月子姉さんが大好きだよ」
「もちろん!俺もだ」
「母さんも、月子もみんな大好きよ」


禰豆子、炭治郎、お母さん。

わたしが幸せを呼んでいるだなんて、それは違う。いつもわたしに幸せを呼んでくれてるのは、お母さんとこの子達なのだから。



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