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■ ■ ■


「あーあ、あたしここで死んじゃうのかも」


蜘蛛の糸で操られた仲間に斬られた傷口が思いのほか深く、やっとのことで止血できたが、流れた血が多過ぎて今にも意識が飛びそうだ。

雛森はボソッと呟いて、空のてっぺんで煌々と輝いている月を恨めしそうに見上げる。


「ろくな死に方しないとは思ってたけどね…」


己の鎹鴉が慌ててどこかへ飛んで行ったけれど、きっとこの役立たず主の死を悟ってとっととおさらばしてしまったんだろうか。そうだとしたら、何と薄情な鴉なことかと思わずにはいられない。


「まっ、あたしにそんなこと思う資格ないか」


雛森は自らを嘲笑して、静かに目を閉じる。

この山に足を踏み入れてすぐに不穏な空気が身体に纏わりつくのを感じて、嫌な予感はしていた。
ここに指令を受けて派遣されてきた隊士は自分たち以外にもいるだろうが、きっと殆どがやられてしまっているだろう。

その辺の雑魚鬼とは比べものにならない強力な力を持った鬼が、この山には複数いる。
群れを成す鬼は珍しいが、群れを成す鬼には必ずと言っていいほどの共通点がある。それは、その群れの中心には絶対的な主君がいることだ。


「ごほっ…ぐっ、くぅ…ッ」


身体の内側からせり上がってくるものを口から吐き出せば、それは赤黒い。雛森は痛む身体を地面に横たわせる。

仲間を糸で操って同士討ちさせようとしていた鬼の姿すら見つけることも出来ず、太刀打ちすら出来ずにこのザマ。
そんな鬼たちを率いる鬼なんてきっともっと強いし、あたしなんかじゃ歯が立たない。万全な状態であったとしても、あたしじゃ無理。


「………月子」


口から弱弱しく零れたのは、こんな自分と友達になってくれた、強くて優しい彼女の名前。

何で月子の名前を呼んだのか分からない。
でも、月子は…月子なら、何とかしてくれると思ったのかもしれない。
困った時、行き詰まった時、落ち込んだ時。
そんな時にどうしようもなく縋りたくなってしまうのが、竈門月子という人間なのだ。


「―――呼んだ?」


幻聴が聴こえてきた。月子の声だ。
ああもう本当に死ぬ間際なんだな。そう思って、雛森は再び目を閉じようとする。


「こら、雛森めい。こんな所で寝ないで」

「……………幻聴だけじゃなくて、幻覚まで見える。あれ、あたしもう死んじゃったのかな…」


目を開けた雛森の目の前に、相変わらず憎たらしいくらい美しい顔をした月子がいた。

月子は、意味の分からないことを言う雛森を疑問に思いながら彼女の傷の具合を冷静に診る。
血は止まっているし、全集中の呼吸も微力ながらに維持できている。重症ではあるけれど、命の危機は免れていた。


「めい、助けにきた。あなたの鎹鴉がわたしを呼びに来たから」
「………えっ、え?ほんとに、幻聴でも幻覚でもなくて…あんた本物の月子!?…ッ、痛ァ!!」
「大きな声出すと傷に響く。めいはゆっくり歩いてこの山から出て。もうすぐで柱も隠の人達もここに来るから」


淡々と、ワントーンで喋る月子の声音からは感情を読み取るのは些か難しい。
でもそんなことは今はどうでも良かった。

雛森はブワッと両目に涙を溢れさせると、月子にガバッと抱き着いた。


「めい?大丈夫?」
「…っ…だいじょうぶ」
「それなら良かった」


そう言った月子が、雛森をあやすように彼女の頭をぽんぽんと軽く撫でる。
それがまた雛森の涙を助長させるのだが、今はここで悠長に泣いている場合ではないのである。


「月子、あんたなら大丈夫だろうけど一応伝えとく。この山にすごく強い鬼がいると思う。もしかしたら十二鬼月かもしれない。…気をつけてよ」
「わかった」
「あと、この山にはあたし達の他にも癸とかの下級隊士が何人も派遣されてるみたい。…全滅しちゃってる可能性が高いけど、息がある隊士がいたらなるべく助けてあげてほしい」
「もちろん」


一言返事ばっかで本当に分かってるのかこいつ、と雛森は少しイラついたが、月子から珍しくソワソワと何か焦っているような雰囲気を感じ取った。


「月子、どうし―――」
「ごめん、めい。わたしはもう行く。山を下りるまでは気を抜かないで」
「あっ…うん!」


雛森の返事を聞くと、月子は小さく頷いてから次の瞬間にはザッと駆け出していく。


「…足速すぎでしょ」





月子が急ぐには理由がある。

―――癸の隊士が何人もこの山に派遣されている、という雛森の言葉。そしてここへ来る間に、雛森の鎹鴉から聞いた事実。


『私ガ山カラ出テ竈門様ノ元ヘ向カウノト入レ違イデ、二人ノ隊士ガ山ニ入ッテイクノヲ見マシタ』


一人は猪の被り物をした半裸の少年。
もう一人は、黒と緑の市松模様の羽織を着ていて木箱を背負っている少年。

半裸猪の方は分からないが、もう一人は十中八九、炭治郎と禰豆子のことだ。


「炭治郎、禰豆子……どこにいるッ」


月子の口から漏れた声音は、禍々しい山の中で小さく響いていた。



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