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胡蝶さんと別れた後に伝令された任務は冨岡さんとの合同だった。
冨岡さんと言えば、さっき胡蝶さんが彼のことを鬱陶しいとかどうとか言っていたような気がするけれど、内容は理解できなかったため覚えてない。



いつもの如く、これわたし必要ありますか?と問いかけたくなるような任務であり、傷ひとつ負うことなく鬼の頸を刎ねた冨岡さんに『お疲れ様です』と声を掛ける。

宇随さんや煉獄さんの補佐に入る時は、彼らは自分で鬼を斬るよりもわたしに斬らせたがるのだが、冨岡さんとの任務の時に彼がわたしに鬼と戦わせたことは今までに一度もなかった。

わたしは別にどちらでもいいからあまり気にはしていないけれど、自分の実力を認めてもらえていないのだろうかと多少の不満は抱いてしまうというもの。かと言って、それを冨岡さんに聞こうとも思わないのだけれど。


「……では、わたしはこの辺りで」


鬼を斬ってしばらく冨岡さんと巡回して夜が明けたところで、前を歩く彼にそう声を掛けると歩んでいた足がピタリと止まった。


「これから何か用事があるのか?」
「用事、というかわたしを待っている人がいるのでその人のところへ行こうかと」
「……待っている人?」


こちらを振り返り、問う冨岡さんにわたしはコクリと頷く。

待っている人というのは玄弥のことだ。童磨と交戦して以降、何度か会ってはいるものの、最近はゆっくりと時間をとって修行を見てあげることができていなかった。

わたしがついていない間もしっかりと鍛錬に励んでいるという旨の連絡を岩柱様からもらったりもするが、わたしを師匠と慕ってくれている玄弥を放置したままでいられるわけもない。


「それは……男か?」
「はい、男ですが……それが何か?」
「………いや、」


それ以降、無表情のまま口を閉ざしてしまった冨岡さん。

玄弥が男だと何かまずかったのだろうか。というか、男かどうか聞いてきたのは何故……。


「俺も、」
「何ですか?」
「……俺も、共に行こう」
「え、冨岡さんも?」
「ああ。俺がいると何か不都合があるか?」
「いえ、特に不都合は…ないと思いますが」


別に冨岡さんと一緒に玄弥のところへ行くのは何も問題はない、はず。あるとすれば、いきなり水柱が来て驚いてしまうことくらいだろうか。しかし何でまた、冨岡さんも一緒に来るなんて―――。

人のこと言えたことではないのだろうけど、冨岡さん相変わらず何を考えているのか感情が読み取りにくい人だと思う。
でも何だか、今の冨岡さんは少なくとも機嫌があまり良くないんだろうということは彼の纏う雰囲気やらで察することができた。


「じゃあ、一緒に行きますか」
「……ああ」
「今から会いに行くのは、弟の炭治郎と同期の鬼殺隊隊士の玄弥です。少し前から岩柱様に代わって、わたしが面倒を見ています」
「………そうだったのか」


おや。今度は冨岡さん、機嫌よくなったみたい。
彼の表情と雰囲気が先程までとは一変して、ほわりと柔らかいものに変化したのが分かる。

―――やっぱり冨岡さんは不思議な人だ。



■ ■ ■



久しぶりにしっかりと見た、玄弥の成長ぶりに驚きを隠せない月子。
刀の振り方、力の加減、身体の動かし方、その速さと力強さ。どこを見ても、稽古をつけ始めた時とは比べ物にならないくらい上達していたのだ。

そして、月子が気になったのは玄弥の呼吸の仕方。


「……玄弥、刀を振る時と同じように呼吸してみて」
「刀を振ってる時と同じように、ですか……?やってみます」


月子と、それと何故か彼女と一緒にくっついてきたおまけにしては大物過ぎる水柱の冨岡を視界の端に入れて、玄弥は緊張しながらも言われた通りに息を吸い、そして吐いていく。

―――スゥ、ハァ。…シィー……ハー…ッ。

何度か繰り返していく内に、玄弥の呼吸の“音”が変わっていくのを月子の耳がハッキリと捉えた。


「……月子。こいつは、呼吸が使えないと…そう言っていたな」
「はい。でも、これは―――」
「使えている。まだ弱いが、全集中の呼吸に違いないだろう」


集中して呼吸を繰り返し続けていた玄弥には月子たちの会話は聞こえなかったが、月子が玄弥に正面から抱き着いたことにより彼の集中は途絶えることとなる。


「ヒェ……っ、ちょ!月子さん……!?なっなんでくっついて……はぁ!?」


顔真っ赤、汗びっしょりの玄弥は抱き着いている師匠の肩にすら触れずに微動だにしない。
そんな二人の間を引き裂くようにして無理やり離れさせたのは言わずもがな、冨岡だった。

自分の想い人が他の男と密着しているのなど、耐えられるはずがない。そもそも月子は、己の美しさにどれだけの人間が惚れ込んでいるのか分かっているのだろうか。いいや、分かっているはずがない。彼女はいつだって無自覚に、自然と大勢の人の心を救い、そして愛される。

冨岡は無表情の下に、月子への重く深い想いを募らせた。
ただならぬ水柱の気配に、玄弥は先程までかいていた汗がスッと冷えていくのを感じる。


「―――玄弥、」
「月子さん……っ」
「全集中の呼吸、使えるようになってるよ」
「―……はっ、え……今、何て……」


玄弥は、月子に修行をつけてもらう前よりも目に見えて、明らかに強くなった。
月子に出会い、それを実感できる毎日は玄弥にとってかけがえのないものであり、自分はもっと強くなれるという希望を持たせてくれた。

玄弥は自分が求める“強さ”に対して貪欲になった。だからこそ、月子に毎日やるように言われていた鍛錬の内容は自分で倍に増やしてこなしていたし、彼女から教わった呼吸法も片時も忘れることなく意識してやっていた。

玄弥は決して、自分が呼吸を使えるようになるという希望を捨てることはなかったのだ。そしてその努力が、こうして、最高の形で実を結んでくれるなんて。


「ッ、月子さんのお陰だ……ッ!!感謝してもしきれねぇ……!」
「わたしは何もしてない。玄弥の努力の賜物だ。本当に頑張ったんだね、すごいよ」


月子が滅多に見せない微笑みを浮かべてそう言うと、玄弥は目に涙を浮かべた。

これで柱に、兄ちゃんに近付ける。
使えるようになった呼吸で、もっと強くなって、兄ちゃんの隣に立てるようになって、それで―――。

感極まった玄弥が羞恥すら忘れ、目の前の月子に抱き着こうと両手を伸ばすが、その手を思い切り掴み上げた人がいた。


「いっ、いでででで…ッ!痛いっす!水柱様…っマジで痛ェ…!!」
「俺の月子に気安く触れるな」
「、はぁ!?俺の、って……」


意外にも玄弥と冨岡さんは気が合うのかもれない、と彼らの様子を勘違いして眺めていた月子は眩しい空を見上げて目を細める。

―――玄弥には、氷の呼吸わたしの技を託そう。

そう決めて、月子は今は何もぶら下がっていない“傷ひとつない”耳朶をキュッと抓むのだった。



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