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立ち去ろうとする自分の左手を掴んで離さない月子に、しのぶは疑問と少しばかりの苛つきを抱きながらもその手を振り払えないでいた。

たった今聞いた、姉を殺した鬼の情報。
呼吸を使ってまともに戦えないとなっては、長期戦は不可能。かといって鬼の頸を刎ねることの出来ない自分が短期決戦に持ち込めるわけもない。

ましてや相手は上弦の弐。その辺の雑魚鬼や下弦とはわけが違う。毒が効かなかったらどうする。毒が効いたにしても、通常の量じゃ足りないはず。
呼吸を使わずに、もっと、大量の毒を取り込ませる方法。―――それはもう、考えついている。


「胡蝶さん、」
「………何でしょうか」
「前に、鬼と人間が仲良くなれるかって聞いてきましたよね」


しのぶは掴まれた手を見つめながら、小さく頷く。


「鬼と、というか……童磨とは絶対に仲良くなれないってことは分かりました」
「…どういう意味ですか?」
「あいつ、鬼に殺されたわたしの家族を何の悪びれもなく侮辱してきた上に、大切な耳飾りを無理やり引き千切って奪っていきやがったんです」
「……………」
「わたしは童磨が嫌いです。胡蝶さんには負けると思いますが、この手で殺してやりたいと強く思うくらいには童磨に対しての怒りがあります」


何が言いたいんだ、としのぶは手から目を離して月子を見上げた。

月子の夕焼けのような瞳とかち合って、しのぶは思わずグッと息を呑んでしまう。
顔は無表情なのに、どこか慈愛のような柔らかさを感じさせる月子の雰囲気はある意味で毒に侵されるような感覚に陥らせてくるのだ。


「だから、わたしにも胡蝶さんのお姉さんの仇討ちの手伝いをさせてください」
「手伝いって………」
「童磨の血鬼術による冷気は非常に強力なものだけれど、氷の呼吸を使うわたしには大した脅威にはなりませんでした」
「…それは、竈門さんなら普段通りの状態で童磨と戦うことが出来るということですか?」
「おそらく」


それを聞いて、しのぶは無意識のうちに下唇をグッと強く噛んだ。

きっと、彼女であれば童磨相手にも引けを取らず頸を刎ねることが出来るのだろう。私のように小柄じゃなくて、力もあって、強い彼女ならば。


「……ッ、…」


姉なら、こんな醜い感情を持ったりしないのに。
どうして私は―――。
劣等感、嫉妬心。様々な思いが感情をかき乱す。

そんな彼女の、強く握り込まれた手が月子の両手によってふわりと覆われる。


「胡蝶さん、もっと思ってることや感じてること口に出して言った方がいい。全部受け止める」


相変わらず無表情なままの月子からの声は、まるで朝陽のように優しくしのぶを包み込んだ。

しのぶは月子の手をギュッと握り返し、それから自分の中で溜め続けた思いを目の前の月子に向けて吐き出していった。


日に日に鬼への憎悪や怒りは膨らんでいく一方で、姉さんが好きだと言ってくれた笑顔でいることが疲れてしまった。
鬼の頸も切れないくらい非力な自分が憎い。
私にないものを持ってる竈門さんが羨ましい。
姉さんの仇は、出来ることなら私がとりたい。
でも私ひとりじゃ上弦の弐には勝てない。


「…っだから私は、藤の花の毒を摂取し続けて、自分の体重の致死量の何倍もの毒をこの身体に蓄積させ、私が童磨に喰われることで一矢報いようと考えていました……」


月子に対して仮にも柱である自分がこんなにも弱い部分を見せてしまうなんて、としのぶは項垂れる。


「スッキリしましたか?」
「……えっ?」
「そんなにたくさんの感情、ひとりで抱え込むべきじゃないです」
「……話せる人が、周りにいなかったので」


本当に、ここまで自分の感情を表に出したのはいつぶりだろうか。
しのぶは少し気恥しくなり、月子の暖かい眼差しからフイッと目を逸らしてみせた。

月子は、しのぶの纏う雰囲気が柔らかいものに変わったことを確かに感じとりながら、彼女の先程の言葉を思い出して口を開く。


「胡蝶さん。とりあえず、童磨に自分を喰わせるという方法は却下でいいですか?」
「………どうして、」
「どうしてって…童磨を倒すのにわざわざ喰われてやる必要がない。それに、わたしは胡蝶さんに死んでほしくない」
「……でも、ッ」
「一緒に戦う。同じ鬼殺隊の仲間だから」


ハッキリと言い切る月子の様子に目を丸くしたしのぶ。そして少しの間のあと、ふっと吹き出すように笑いを零した。


「……ふふっ。竈門さん、意外と頑固なんですね」
「意外じゃないと思います。わたしは頑固だという自覚があるので」


しのぶが口元に手を添えて上品に笑うのを見つめる月子が、やっと彼女から自分の手を離す。


「胡蝶さんのお姉さんが好きだと言った笑顔は、今みたいな笑顔のことだと思いますよ。…わたしも、胡蝶さんは作り笑いよりもそうやって笑った方が可愛らしくて良いと思う」


月子の無表情がふわりと和らぎ、口角が微かに上がったのをしのぶは見た。


「……っ、かわ……ッ!」


顔は良いのに可愛げがないだの冷たいだのは、平隊士たちを筆頭に多方面から言われてきたしのぶだが、こうして面と向かって可愛い等という類のことを言われるのは慣れていないらしい。

―――可愛らしい、なんて初めて言われた。

しのぶはボフン!と顔を真っ赤にさせて月子から顔を逸らし、『童磨について分かったことがあったらすぐに情報共有してくださいね…!』と吐き捨てるように言ってその場から立ち去って行ってしまう。


「………あれ。わたし、結局胡蝶さんの支えになれたのだろうか」


しのぶの背中を見届けた月子は、ポツリと呟く。

とりあえずはまた、胡蝶さんが何か溜め込んでそうだと思ったら今日のように吐き出してもらうようにしよう。それが支えになるかは分からないが。

月子はそう自分の中で完結させ、蝶屋敷を後にしたのだった。


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